福島県漁連がサブドレン処理水の海洋放出を容認。今後の動きはどうなる?
8月25日、福島県漁連は東電が出した回答を受け入れ、サブドレン処理水の海洋放出を容認しました。これにより、汚染水処理が少し前進することになるはずです。現況を簡単にレビューしたいと思います。
8月21日、東京電力は福島県漁連の5項目からなる要望書に対して回答をしました。この回答を福島県漁連が受け入れて、今回の決定となったものです。東京電力は8月28日には全漁連からの同様の要望書に対する回答も行っています。
このことがなぜ汚染水処理が進展することにつながるのか、今回は原発事故発生から4年半にわたる全体的な流れを復習してみたいと思います。
1.放射能汚染水の海洋への流出と福島県漁業への影響
2011年3月に起きた福島第一原発事故によって、多くの放射性物質が陸上にも海上にも放出されました。いわゆるフォールアウトです。しかし、福島県の漁業に大きな影響を与えたのはフォールアウトではなく、そのあとの4月2日に発覚した、2号機スクリーンからの高濃度汚染水の海洋への流出でした。東京電力はこの汚染水の流出を止めるのに4日間を要し、その結果として、東電の発表しただけでも約520トンの高濃度汚染水、放射性セシウム(Cs-137)として940兆ベクレルが海に流出しました。この時の話は、かなり詳しく追跡しましたので、2014年にまとめた「2011年4月の汚染水海洋漏洩事故時に行われた「ビーバー作戦」を再現します 目次」とそこからのリンクをご覧いただきたいと思います。
この海洋汚染事故により、コウナゴをはじめ多くの魚介類が放射性物質(ヨウ素やセシウムなど)で汚染されました。そのため、福島県海域においてとれた魚介類の多くは2011年には出荷停止となりました。東電はその後も3号機スクリーンからの流出(2011年5月11日)を起こしましたし、それ以降はタンクからの漏洩事故により、2011年12月、2012年3月、2012年4月など、数え切れないほど多くの放射能汚染水の海洋への流出事故を起こしています。
2012年以降は魚介類の放射性物質はかなり減ってきましたが、基準値を超える魚がまれに検出される状況は続いており、今でも沿岸漁業及び底びき網漁業は試験操業だけで本格操業は自粛を続けるという状況が続いています。
福島県漁連では、2012年6月のミズダコなど3種をはじめとして、試験操業を実施しながらその対象となる魚種と海域を拡大しています。しかしながら、せっかく試験操業を開始して1年が経過し、これから魚種を拡大して行こう、という状況になったときに起きたのが2013年8月のH4タンクエリアからの汚染水の海洋流出事故でした。これによって試験操業は一時中断に追い込まれました。その後再開して現在は64魚種を対象として試験操業を実施しています。
2.汚染水処理の進捗と処理水の海洋放出
一方で2013年7月22日、参議院選挙で自民党が勝って衆参両議院で過半数を得たその翌日に行われた記者会見において、東京電力は建屋の放射能汚染水が地下水を通じて海洋に流出し続けていることをはじめて認めました。そしてそれからは国と東電が一体となって汚染水処理にあたるということになり、2013年9月にはその対応の基本方針が定められました。
それらの対策の中に、すでに東電自体が対応してきた海側遮水壁、地下水バイパスに加えて、サブドレン及び地下水ドレンとその処理、陸側遮水壁などがあります。中でも地下水バイパスというものは汚染される前の地下水を汲み上げて海に排出し、毎日建屋に流入する300~400トンもの地下水を少しでも減らすための対策であり、漁業関係者の抵抗が一番少ないと考えられるものでした。しかし、この説得には1年近い期間を要し、2014年4月になってやっと福島県漁連の了解を得られ、2014年5月から運用を開始しました。
次に海洋へ放出が予定されていたのは今回のサブドレン・地下水ドレンの処理水です。サブドレンは建屋まわりの地下水を汲み上げて水没しないようにするために震災前から運用されていたものですが、原発事故後は放射性物質を含んでいるためにそのままでは海に流せません。また、地下水ドレンは、海側遮水壁の建設に伴って、地下水の海への流入を遮水壁で遮断する事によってあふれ出る地下水を汲み上げるものとして設置されたのですが、すでに護岸近くの地下水は放射性物質で汚染されているため、これも処理しないと海へは流せません。
これらの汲み上げた水は浄化設備で浄化し、セシウムやストロンチウムをほとんど除去してから処理水とします。しかし東電は、この処理水については専用のタンクを設けて貯水する計画は初めからなく、あくまで関係者(福島県漁連や福島県など)の理解を得た上で海(港湾内)に放出する前提でタンクエリア全体の貯水量を計画していました。
しかし、この処理水の海洋への放出についても、2015年2月に東電がK排水路の放射性物質を測定していたにもかかわらず規制委員会にも報告していなかったということが発覚し、それによってかなり進んでいた漁連との交渉は頓挫します。そしてこの8月に漁連が認めるに至るまでさらに半年もかかりました。
ただ、結局は福島県漁連としても「容認」せざるを得ませんでした。この排出を拒否し続けていても(それによって賠償金の金額が上がるとしたら別ですが)プラスになる事はないのです。
また多くのマスコミは報じていませんが、サブドレン処理水の海洋放出を拒否することにより、現在も海側遮水壁の一部がずっと閉じられずにいるために放射性物質を多く含む地下水が海洋へ流出し続けていることによる海洋汚染というマイナスの方が大きいのです。こちらはサブドレン処理水よりははるかに濃度の濃い放射性物質ですから、こちらを早急に止めることの方がいわゆる「風評被害」を防ぐためにも重要なはずです。
3.陸側凍土遮水壁とサブドレン運用の関係
今年になってからの原子力規制委員会の監視評価検討会において一番大きな議論は、陸側遮水壁の運用をいつからはじめるか、ということでした。東電とエネ庁は早く陸側遮水壁の凍結運用を開始したいという考え方ですが、規制委員会(特に更田委員)は凍土遮水壁は一度運用を開始したら失敗しても元に戻ることはできないのでその運用開始には充分なデータを積み重ねることが必要であり、これまでのデータを見る限りはサブドレンの方が効果が高く、その運用を開始して海側遮水壁を完全に閉合することが凍土遮水壁の運用開始の大前提である、という態度をずっと貫いてきました。これについては「海側遮水壁を閉合すべきか、先に陸側の凍土遮水壁を閉合すべきか?をめぐる検討会での議論(2) 」などに記載してありますのでお読みいただきたいと思います。
今回、漁連との交渉がまとまって、サブドレンの運用にメドがついたということは汚染水処理においては非常に大きな事で、これまで東電・エネ庁と規制委員会が押し問答をしてきた「凍土遮水壁の運用開始の前提」がクリアできたことを意味します。これにより、サブドレンが運用を開始し、海側遮水壁も完全に閉合されます。そして凍土遮水壁も凍結運用を開始するという方向に向かい、2013年に国が基本方針を定めたときに計画したことがほぼ全て実施される形になるからです。
もちろん、これらの対策を実施しても計画通りに建屋への地下水の流入が減らず、汚染水の量は減っていかないかもしれません。この福島原発事故後の汚染水処理において、計画通りに実行できたものはほとんどありませんでしたから、おそらく凍土遮水壁も予想外のトラブルに見舞われる可能性が高いと私は思っています。しかしながら、廃炉作業を進めていくためには建屋内の汚染水を完全になくしてしまわない限り、最終的な廃炉というのは不可能ですので進めていく必要がありますし、すでに膨大な数になっているタンクを減らしていくためにもこれらの計画の実行は不可欠なのです。
4.将来的にALPS処理水の海洋放出はあるのか?
実は、タンクを減らすためには、最終的には多核種除去設備(ALPS)で処理してトリチウム以外はほとんどの放射性物質を除去した処理水をどう処理するのか、という問題が残っています。いずれはタンクエリアにあるタンク中の水は全てALPS処理水に置き換わるはずです。しかしながら、この中にもトリチウムだけは除去できずに大量に残っています。今回のサブドレン処理水の放出を容認するにあたり、福島県漁連は「漁業者、国民の理解を得られない」ALPS処理水の放出は行わないこと、という条件をつけています。
4.建屋内の水は多核種除去設備等で処理した後も、発電所内のタンクにて責任を持って厳重に保管管理を行い、漁業者、国民の理解を得られない海洋放出は絶対に行わない事
(「東京電力(株)福島第一原子力発電所のサブドレン水等の排水に対する要望書に対する回答について」より)
実はこの回答を読んでみて、福島県漁連もALPS処理水の放出を絶対にダメといっているのではないということがわかりました。「漁業者、国民の理解を得られない海洋放出は絶対に行わない」ということは、「漁業者、国民の理解を得た海洋放出」については行っても構わないということだからです。もし海洋放出は絶対に認めないといういみならば、ここは「建屋内の水は多核種除去設備等で処理した後も、発電所内のタンクにて責任を持って厳重に保管管理を行い、海洋放出は漁業者、国民の理解を得られないので絶対に行わない事」と書くべきですが、そういう記述になっていないということは将来的な含みが残っていると読み取るべきと思いました。少なくとも東電の回答はその趣旨で回答がなされています。
「検証等の結果については、漁業者をはじめ、関係者への丁寧な説明等必要な取組を行うこととしており、こうしたプロセスや関係者の理解なしには、いかなる処分も行わず、多核種除去設備で処理した水は発電所敷地内のタンクに貯留いたします。」
(「東京電力(株)福島第一原子力発電所のサブドレン水等の排水に対する要望書に対する回答について」より)
おそらくは、2年あるいは3年経った頃にはトリチウム水タスクフォースなどでの何らかの方針が示され、ALPS処理水の海洋放出についての議論が行われ、これらも海洋(港湾内)へ放出されるのだろうということが予想できました。今回の要望書にも2014年4月の地下水バイパスを容認した時と同様に損害賠償の話が記載されていて、しかも今回は本格操業移行後も賠償は続けることと前回よりも踏み込んだ表現になっているところに注目するべきと思いました。
今回の賠償に関する福島県漁連の要望
「3.福島県漁業者に対する原子力損害賠償法に基づく措置及び排水後、風評被害の魚価低迷等により起こりうる漁業者・水産業者への損害賠償は、福島県の漁業者が試験操業を行うために不可分である事を認識し、且つ本格操業移行後においても原発事故被害の続く限り堅持していく事」
「東京電力(株)福島第一原子力発電所のサブドレン水等の排水に対する要望書に対する回答について」より)
2014年4月の地下水バイパスを認めたときの福島県漁連の要望
「4.現在実施している福島県漁業者に対する原子力損害賠償法に基づく措置及び排出後の風評被害等の魚価低迷により起こりうる漁業者・水産業者の損害賠償は、福島県漁業の試験操業を行うために不可分である事を認識し、今後とも堅持していく事 」
(2014年4月 「東京電力福島第一原子力発電所の地下水バイパス水排水の実施に対する要望書に対する回答について」より)
これは、今回の交渉で試験操業がうまくいって本格操業に切り替えられたとしても、賠償金は出し続ける、という言質を取っておき、将来的にALPS処理水を海洋放出したいという東電からの交渉があったとしても、放出による風評被害があるので賠償金を出すという約束につなげるためのステップと読む事も出来ると思います。
漁業者一人一人にとっては漁業ができずに苦しんでいるのは間違いないのですが、漁連としてはその賠償金をいかに東電から取り立てるか、という現実的な計算も交渉の過程でしてきたでしょうし、今後もしていくことと思います。
また、トリチウム水の海洋への放出については重要な論点を指摘しておきたいと思います。この8月に川内原発が再稼働しましたが、原発が稼働するとトリチウムは海に大量に排出されます。これは2014年に書いた「サブドレンと浄化設備の計画が認可。浄化したあとの処理は?」にも載せていますが、その中でも紹介した保安院の資料の38ページにあるようにどの原発も稼働したら年間で数10兆ベクレルものトリチウムを海に排出しているのです。
ですから放射性物質としてトリチウムだけを含む水(ALPS処理水)の海洋への放出を議論する時には、稼働している全ての原発のトリチウムの排水についても議論する必要があるのです。ALPS処理水が本当にトリチウム以外の放射性核種をほとんど除けているならば、原発の稼働によるトリチウムの海洋への排出は認められているので、トリチウム水であるALPS処理水の海洋放出(数量制限はあってもいいと思いますが)を容認しないと理屈が通らないと私は思います。ALPS処理水の海洋放出で風評被害があるならば、稼働中の原発全ての近海でも同様の風評被害があるはずです。
今回の海洋放出容認は東電と漁連との交渉における大きな転換点といってもいいと思いますのでその持つ意味をこれまでの4年半の流れの中で振り返ってみました。おそらく9月になれば監視評価検討会も開催されるでしょうから、次回はこの容認を受けて監視評価検討会の雰囲気がどう変わっていくのかに注目していきたいと思います。
今後も、これまでのような頻度では書けませんが、汚染水についてはフォローしていきますので、よろしくお願い致します。
このことがなぜ汚染水処理が進展することにつながるのか、今回は原発事故発生から4年半にわたる全体的な流れを復習してみたいと思います。
1.放射能汚染水の海洋への流出と福島県漁業への影響
2011年3月に起きた福島第一原発事故によって、多くの放射性物質が陸上にも海上にも放出されました。いわゆるフォールアウトです。しかし、福島県の漁業に大きな影響を与えたのはフォールアウトではなく、そのあとの4月2日に発覚した、2号機スクリーンからの高濃度汚染水の海洋への流出でした。東京電力はこの汚染水の流出を止めるのに4日間を要し、その結果として、東電の発表しただけでも約520トンの高濃度汚染水、放射性セシウム(Cs-137)として940兆ベクレルが海に流出しました。この時の話は、かなり詳しく追跡しましたので、2014年にまとめた「2011年4月の汚染水海洋漏洩事故時に行われた「ビーバー作戦」を再現します 目次」とそこからのリンクをご覧いただきたいと思います。
この海洋汚染事故により、コウナゴをはじめ多くの魚介類が放射性物質(ヨウ素やセシウムなど)で汚染されました。そのため、福島県海域においてとれた魚介類の多くは2011年には出荷停止となりました。東電はその後も3号機スクリーンからの流出(2011年5月11日)を起こしましたし、それ以降はタンクからの漏洩事故により、2011年12月、2012年3月、2012年4月など、数え切れないほど多くの放射能汚染水の海洋への流出事故を起こしています。
2012年以降は魚介類の放射性物質はかなり減ってきましたが、基準値を超える魚がまれに検出される状況は続いており、今でも沿岸漁業及び底びき網漁業は試験操業だけで本格操業は自粛を続けるという状況が続いています。
福島県漁連では、2012年6月のミズダコなど3種をはじめとして、試験操業を実施しながらその対象となる魚種と海域を拡大しています。しかしながら、せっかく試験操業を開始して1年が経過し、これから魚種を拡大して行こう、という状況になったときに起きたのが2013年8月のH4タンクエリアからの汚染水の海洋流出事故でした。これによって試験操業は一時中断に追い込まれました。その後再開して現在は64魚種を対象として試験操業を実施しています。
2.汚染水処理の進捗と処理水の海洋放出
一方で2013年7月22日、参議院選挙で自民党が勝って衆参両議院で過半数を得たその翌日に行われた記者会見において、東京電力は建屋の放射能汚染水が地下水を通じて海洋に流出し続けていることをはじめて認めました。そしてそれからは国と東電が一体となって汚染水処理にあたるということになり、2013年9月にはその対応の基本方針が定められました。
それらの対策の中に、すでに東電自体が対応してきた海側遮水壁、地下水バイパスに加えて、サブドレン及び地下水ドレンとその処理、陸側遮水壁などがあります。中でも地下水バイパスというものは汚染される前の地下水を汲み上げて海に排出し、毎日建屋に流入する300~400トンもの地下水を少しでも減らすための対策であり、漁業関係者の抵抗が一番少ないと考えられるものでした。しかし、この説得には1年近い期間を要し、2014年4月になってやっと福島県漁連の了解を得られ、2014年5月から運用を開始しました。
次に海洋へ放出が予定されていたのは今回のサブドレン・地下水ドレンの処理水です。サブドレンは建屋まわりの地下水を汲み上げて水没しないようにするために震災前から運用されていたものですが、原発事故後は放射性物質を含んでいるためにそのままでは海に流せません。また、地下水ドレンは、海側遮水壁の建設に伴って、地下水の海への流入を遮水壁で遮断する事によってあふれ出る地下水を汲み上げるものとして設置されたのですが、すでに護岸近くの地下水は放射性物質で汚染されているため、これも処理しないと海へは流せません。
これらの汲み上げた水は浄化設備で浄化し、セシウムやストロンチウムをほとんど除去してから処理水とします。しかし東電は、この処理水については専用のタンクを設けて貯水する計画は初めからなく、あくまで関係者(福島県漁連や福島県など)の理解を得た上で海(港湾内)に放出する前提でタンクエリア全体の貯水量を計画していました。
しかし、この処理水の海洋への放出についても、2015年2月に東電がK排水路の放射性物質を測定していたにもかかわらず規制委員会にも報告していなかったということが発覚し、それによってかなり進んでいた漁連との交渉は頓挫します。そしてこの8月に漁連が認めるに至るまでさらに半年もかかりました。
ただ、結局は福島県漁連としても「容認」せざるを得ませんでした。この排出を拒否し続けていても(それによって賠償金の金額が上がるとしたら別ですが)プラスになる事はないのです。
また多くのマスコミは報じていませんが、サブドレン処理水の海洋放出を拒否することにより、現在も海側遮水壁の一部がずっと閉じられずにいるために放射性物質を多く含む地下水が海洋へ流出し続けていることによる海洋汚染というマイナスの方が大きいのです。こちらはサブドレン処理水よりははるかに濃度の濃い放射性物質ですから、こちらを早急に止めることの方がいわゆる「風評被害」を防ぐためにも重要なはずです。
3.陸側凍土遮水壁とサブドレン運用の関係
今年になってからの原子力規制委員会の監視評価検討会において一番大きな議論は、陸側遮水壁の運用をいつからはじめるか、ということでした。東電とエネ庁は早く陸側遮水壁の凍結運用を開始したいという考え方ですが、規制委員会(特に更田委員)は凍土遮水壁は一度運用を開始したら失敗しても元に戻ることはできないのでその運用開始には充分なデータを積み重ねることが必要であり、これまでのデータを見る限りはサブドレンの方が効果が高く、その運用を開始して海側遮水壁を完全に閉合することが凍土遮水壁の運用開始の大前提である、という態度をずっと貫いてきました。これについては「海側遮水壁を閉合すべきか、先に陸側の凍土遮水壁を閉合すべきか?をめぐる検討会での議論(2) 」などに記載してありますのでお読みいただきたいと思います。
今回、漁連との交渉がまとまって、サブドレンの運用にメドがついたということは汚染水処理においては非常に大きな事で、これまで東電・エネ庁と規制委員会が押し問答をしてきた「凍土遮水壁の運用開始の前提」がクリアできたことを意味します。これにより、サブドレンが運用を開始し、海側遮水壁も完全に閉合されます。そして凍土遮水壁も凍結運用を開始するという方向に向かい、2013年に国が基本方針を定めたときに計画したことがほぼ全て実施される形になるからです。
もちろん、これらの対策を実施しても計画通りに建屋への地下水の流入が減らず、汚染水の量は減っていかないかもしれません。この福島原発事故後の汚染水処理において、計画通りに実行できたものはほとんどありませんでしたから、おそらく凍土遮水壁も予想外のトラブルに見舞われる可能性が高いと私は思っています。しかしながら、廃炉作業を進めていくためには建屋内の汚染水を完全になくしてしまわない限り、最終的な廃炉というのは不可能ですので進めていく必要がありますし、すでに膨大な数になっているタンクを減らしていくためにもこれらの計画の実行は不可欠なのです。
4.将来的にALPS処理水の海洋放出はあるのか?
実は、タンクを減らすためには、最終的には多核種除去設備(ALPS)で処理してトリチウム以外はほとんどの放射性物質を除去した処理水をどう処理するのか、という問題が残っています。いずれはタンクエリアにあるタンク中の水は全てALPS処理水に置き換わるはずです。しかしながら、この中にもトリチウムだけは除去できずに大量に残っています。今回のサブドレン処理水の放出を容認するにあたり、福島県漁連は「漁業者、国民の理解を得られない」ALPS処理水の放出は行わないこと、という条件をつけています。
4.建屋内の水は多核種除去設備等で処理した後も、発電所内のタンクにて責任を持って厳重に保管管理を行い、漁業者、国民の理解を得られない海洋放出は絶対に行わない事
(「東京電力(株)福島第一原子力発電所のサブドレン水等の排水に対する要望書に対する回答について」より)
実はこの回答を読んでみて、福島県漁連もALPS処理水の放出を絶対にダメといっているのではないということがわかりました。「漁業者、国民の理解を得られない海洋放出は絶対に行わない」ということは、「漁業者、国民の理解を得た海洋放出」については行っても構わないということだからです。もし海洋放出は絶対に認めないといういみならば、ここは「建屋内の水は多核種除去設備等で処理した後も、発電所内のタンクにて責任を持って厳重に保管管理を行い、海洋放出は漁業者、国民の理解を得られないので絶対に行わない事」と書くべきですが、そういう記述になっていないということは将来的な含みが残っていると読み取るべきと思いました。少なくとも東電の回答はその趣旨で回答がなされています。
「検証等の結果については、漁業者をはじめ、関係者への丁寧な説明等必要な取組を行うこととしており、こうしたプロセスや関係者の理解なしには、いかなる処分も行わず、多核種除去設備で処理した水は発電所敷地内のタンクに貯留いたします。」
(「東京電力(株)福島第一原子力発電所のサブドレン水等の排水に対する要望書に対する回答について」より)
おそらくは、2年あるいは3年経った頃にはトリチウム水タスクフォースなどでの何らかの方針が示され、ALPS処理水の海洋放出についての議論が行われ、これらも海洋(港湾内)へ放出されるのだろうということが予想できました。今回の要望書にも2014年4月の地下水バイパスを容認した時と同様に損害賠償の話が記載されていて、しかも今回は本格操業移行後も賠償は続けることと前回よりも踏み込んだ表現になっているところに注目するべきと思いました。
今回の賠償に関する福島県漁連の要望
「3.福島県漁業者に対する原子力損害賠償法に基づく措置及び排水後、風評被害の魚価低迷等により起こりうる漁業者・水産業者への損害賠償は、福島県の漁業者が試験操業を行うために不可分である事を認識し、且つ本格操業移行後においても原発事故被害の続く限り堅持していく事」
「東京電力(株)福島第一原子力発電所のサブドレン水等の排水に対する要望書に対する回答について」より)
2014年4月の地下水バイパスを認めたときの福島県漁連の要望
「4.現在実施している福島県漁業者に対する原子力損害賠償法に基づく措置及び排出後の風評被害等の魚価低迷により起こりうる漁業者・水産業者の損害賠償は、福島県漁業の試験操業を行うために不可分である事を認識し、今後とも堅持していく事 」
(2014年4月 「東京電力福島第一原子力発電所の地下水バイパス水排水の実施に対する要望書に対する回答について」より)
これは、今回の交渉で試験操業がうまくいって本格操業に切り替えられたとしても、賠償金は出し続ける、という言質を取っておき、将来的にALPS処理水を海洋放出したいという東電からの交渉があったとしても、放出による風評被害があるので賠償金を出すという約束につなげるためのステップと読む事も出来ると思います。
漁業者一人一人にとっては漁業ができずに苦しんでいるのは間違いないのですが、漁連としてはその賠償金をいかに東電から取り立てるか、という現実的な計算も交渉の過程でしてきたでしょうし、今後もしていくことと思います。
また、トリチウム水の海洋への放出については重要な論点を指摘しておきたいと思います。この8月に川内原発が再稼働しましたが、原発が稼働するとトリチウムは海に大量に排出されます。これは2014年に書いた「サブドレンと浄化設備の計画が認可。浄化したあとの処理は?」にも載せていますが、その中でも紹介した保安院の資料の38ページにあるようにどの原発も稼働したら年間で数10兆ベクレルものトリチウムを海に排出しているのです。
ですから放射性物質としてトリチウムだけを含む水(ALPS処理水)の海洋への放出を議論する時には、稼働している全ての原発のトリチウムの排水についても議論する必要があるのです。ALPS処理水が本当にトリチウム以外の放射性核種をほとんど除けているならば、原発の稼働によるトリチウムの海洋への排出は認められているので、トリチウム水であるALPS処理水の海洋放出(数量制限はあってもいいと思いますが)を容認しないと理屈が通らないと私は思います。ALPS処理水の海洋放出で風評被害があるならば、稼働中の原発全ての近海でも同様の風評被害があるはずです。
今回の海洋放出容認は東電と漁連との交渉における大きな転換点といってもいいと思いますのでその持つ意味をこれまでの4年半の流れの中で振り返ってみました。おそらく9月になれば監視評価検討会も開催されるでしょうから、次回はこの容認を受けて監視評価検討会の雰囲気がどう変わっていくのかに注目していきたいと思います。
今後も、これまでのような頻度では書けませんが、汚染水についてはフォローしていきますので、よろしくお願い致します。
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