今週は、守谷市の人の質問に答えるために、これまで避けてきた小学校の年間20mSvか1mSvか、という話に首を突っ込まざるを得なくなりました。そのついでに、食品の暫定基準値についてもまとめようと思っています。
今週は、下記の3本のシリーズ記事で、守谷市の学校の基準値をめぐる解釈が正しいのかどうかということについて、考えてきました。さらに昨日、新たな動きを受けて関連記事を一つ追加しました。今日は、「
実際に「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」にどんなことが書いてあるのかの解説です。武田先生のブログも引用しながら解説しています。「公衆の被曝線量は年間1mSv」を確認しました。
ここで示した地図と「1mSvを守ろうとしたらどれだけのエリアでその対策をしないといけないか、ということについて、衝撃的な地図を見ながら考えます」のフレーズがtwitterで話題になりました!
さて、私は今週、食品の暫定基準値を解説しようと思っていろいろなブログを読みました。そしてわかったことがあります。それは、
原子力災害対策特別措置法を理解していないと大きく誤解してしまう、ということです。政府も、まずこの枠組みをしっかりとわかりやすく説明する必要がありました。それをしないからこの混乱が起こっているのです。そこで先にこの話を説明することにしました。
1.平常時と非常事態の定義まずはこの図を見てください。
原子力安全委員会資料
http://www.nsc.go.jp/info/20110411_2.pdf
この図は、原子力安全委員会で使われた説明の資料です。非常にわかりやすい図です。横軸に時間、縦軸に被曝線量を取ってグラフにしていいます。ここに出てくる数字の根拠は、ICRP(国際放射線防護委員会)の勧告にも出てくるもので、日本が独自に定めたものではありません。国際的に見ても事故時にどうするか、ということでは標準からは大きく逸脱していない数字です。
この図を左から順番に見ていきましょう。
平常時の公衆被ばくが年間1mSvであることは「
6/6 学校の20mSv/年の基準をめぐる騒ぎについて 前編」でも説明しましたが、ここでも明確に示されています。ここはもうみなさんおわかりだと思います。わからない方は「
6/6 学校の20mSv/年の基準をめぐる騒ぎについて 前編」を読んでください。
そして、3.11東日本大震災がありました。地震に続く原発事故。3/11に「
事故発生」です。このあとは緊急事態という扱いになります。
では、現在はこの図で言うとどこでしょうか?(a)の「
事故発生初期」はもう終わっていると言えますよね。では、(b)でしょうか?(c)でしょうか?それとも一番右の、「長期的な目標:1mSv」でしょうか?
普通に考えて、まだ「事故が収束した」とは言えないと思います。菅首相が退陣するのも事故を収束させる道筋をつけてから、などと言っているくらいですから。だとすると「
事故収束」の前と考えて(b)でしょうか?でも(b)に書いてある数字(20-100mSv)を見ると(c)かな?とも思います。
答はどうなのでしょうか?下記の放医研のページを見ると、
4/22現在では(b)の緊急事態期にあたるということです。原発事故が起こって一ヶ月後ではまだ緊急事態期で、その後2ヶ月近く経っていますが、事態は別に安定化したわけではありませんから、現在もまだ(b)の緊急事態期にあたると考えるべきだと思います。
放医研のページ
http://www.nirs.go.jp/information/info.php?i14『国際放射線防護委員会(ICRP)は専門家の立場から放射線防護に関する勧告を行う国際学術組織ですが、今回の基準は、このICRPの勧告を基に原子力安全委員会の助言を得て定められたと報道されています。
ICRPの2007年勧告では、非常時の放射線の管理基準は、平常時とは異なる基準を用いることとしています。また非常時も、緊急事態期と事故収束後の復旧期を分けて、以下のような目安で防護対策を取ることとしています。
1. 平常時:年間1ミリシーベルト以下に抑える
2. 緊急事態期:事故による被ばく量が20~100ミリシーベルトを超えないようにする
3. 事故収束後の復旧期:年間1~20ミリシーベルトを超えないようにする
現在の福島第一原子力発電所の状況は、2)の緊急事態期に当たります。今回の国の方針は、緊急事態期の被ばくとして定められている20~100ミリシーベルトの下限値にあたるもので、福島原発周辺の方々の被ばくが、事故による被ばくの総量が100ミリシーベルトを超えることがないような対応をしつつ、将来的には年間1ミリシーベルト以下まで戻すための防護策を講ずることを意味していると思われます。』
ちょっと意外でしたよね。でも、事故が収束したかどうかということで線を引かれてしまうと、まだ収束したとはとても言い難いので、(b)か(c)かと言われると(b)の緊急事態期である、ということに同意せざるを得ないと思います。2.現状の法的な位置づけと非常事態時の措置では、次にそれが法的にどういう根拠をもっているのか?ということを確認しましょう。「
6/6 学校の20mSv/年の基準をめぐる騒ぎについて 後編」でも少し触れたのですが、JCOの事故(1999年)を受けて、
原子力災害対策特別措置法(略称:原災法)が平成11年12月に制定されました。そしてその第15条には「原子力緊急事態宣言」というものがあり、今回はこれが適用されて、原子力緊急事態宣言が3/11に発令されています。そういえば、東京電力や官房長官の記者会見で「15条通報」という単語を聞いたことがある方がいるかと思います。あれはこの原災法の第15条に基づいて通報し、「原子力緊急事態宣言」を出すためのものだったのです。
首相官邸HP
http://www.kantei.go.jp/saigai/pdf/kinkyujitaisengen.pdfこれにより、原子力災害対策本部が設置され、本部長には菅内閣総理大臣がなりました。以後、野菜の出荷停止措置などは、総理大臣ではなく、原子力災害対策本部長として指示が出されています。
この「原子力緊急事態宣言」は、正式に解除されるまで(原災法に基づいて「原子力緊急事態解除宣言」が出されるまで)続くのです。ですから、まだ日本は「原子力緊急事態」の真っ最中なのです。この「原子力緊急事態宣言」は、言葉が不正確なのを承知で書きますが、一種の「戒厳令」に近い状態なので、原子力災害対策本部が通常ではできないような措置を取ることも可能にしています。
そして、この原災法に基づいて、原子力緊急事態における
「原子力施設等の防災対策について」(通称「防災指針」)が定められています。最初に定められたのは原災法ができる前ですが、その後何回も改訂されて、現在では原災法の趣旨を盛り込んでいます。そこには、原子力事故が起こったときに、原災法に基づいて、どのような措置をとるべきか、といった指針が書かれています。これはあくまで指針であり、これに書いてあるとおりにやらないといけないということではありません。実際、今回の原発事故ではこの防災指針の通りに行かなかったため、見直そうなどという動きが出ているようです。
しかし、重要なことは、ここに書かれていること(半径3km以内の避難指示とか、野菜の出荷制限措置とか、暫定基準値の設定とか)を実行しても、これは超法規的措置ではなく、原子力災害対策特別措置法に基づいた災害時の合法的な措置であるということなのです。たとえば、暫定基準値の設定ですが、
厚労省のこの文書だけではわかりにくいのですが、食品安全委員会がまとめているこの文書にしっかりと法的根拠をつけて説明があります。
食品安全委員会 東北地方太平洋沖地震の原子力発電所への影響と食品の安全性について(第52報)
http://www.fsc.go.jp/sonota/emerg/emerg_genshiro_20110316.pdf2ページに次のような説明があります。
『2 食品の安全性については、3月 17 日(木)、厚生労働省が原子力安全委員会が定めた防災指針(「原子力施設等の防災対策について」)の指標値を食品衛生法に基づく暫定的な規制値とし、これを上回る食品については、食品衛生法第 6 条第 2 号に当たるものとして食用に供されることのないよう対応することとし、各自治体に通知しました。 さらに、3月 21 日には、原子力災害対策特別措置法第 20 条第3項の規定に基づき、一部地域、品目に関しての出荷制限を行うことについて、原子力災害対策本部長(内閣総理大臣)が関係の県知事に指示しました。』
つまり、これまで説明してきたように、原災法に基づく原子力緊急事態時においては、「防災指針」にもとづいて各種の措置を取ることができます。3/17の厚労省が定めた暫定基準値は、防災指針に基づいて指標値を決めたものです。これまで食品衛生法にそのような規定がなかったためにあわてて「暫定」的に作ったものですが、この災害に合わせて平常時とは異なる基準値を定めること自体は、原子力緊急事態時における合法的な措置として認められています。また、その基準というのも、原子力緊急事態時なわけですから、平常時の基準とは異なります。ICRPの勧告を参考にして原子力安全委員会が定めた基準では、さきほども確認しましたように、事故収束前の(b)では20-100mSv/年でもよいということになっています。
3.基準値設定に際して現状認識をすりあわせるべき!だから、法律に基づいて政策を決めていく政府としては、すでにある法律に従って動かないといけません。その法律とは、平常時では公衆の被ばくを1mSv/年とするという基準がありますが、ひとたび原子力事故が起こって原子力緊急事態宣言が発令されてしまうと、原災法に基づいて準備された防災指針に従って緊急時のルールを定めていく必要があるのです。
現在は緊急時であるから平常時とは違うルールで運用しないといけないんだ、ということをくどいくらいに説明しないと、「どうして1mSv/年と決まっているのにそれよりも高い数値を設定するんだ?」という議論が出てきます。中部大学の武田先生は「
原発 緊急情報(61) 数値は一つ! 医療、職業、一般」とか「
規制値の再整理」でどうして1mSvではないんだ?と書いていますが、武田先生のブログでは現在が非常時であるかどうか、ということは書いてありません。『軍隊とか非常時は全く別の考え方なので一緒に議論することは出来ません。』、ということであくまで平常時での議論をしています。しかし今一番必要なのは、まさに今はどういう状態なのか?という現状認識です。非常時とはいつまでを考えるのか?いつになったら平常時に戻すつもりなのか?という論点での議論がされているのを武田先生のブログも含めて私は見たことがありません。
武田先生の主張するように、食品の基準値は平常時の基準値で決める、とするならば話は簡単です。年間1mSvになるように設定すればいいのですから。誰も異論はありません。また、最終的には1mSv/年を目指す、ということは政府も認めています。ですが、この事故収束前後の(b)や(c)の期間の基準値の決め方は議論が分かれるところでしょう。
私は、3/17の時点の暫定基準値の設定は、「暫定」ということであれば仕方がなかったと考えています。なんといっても事故がまだ起こっている最中で、3/21の関東への放射性セシウムの降下も起こっていない時点ですから。あとは、いつになったらこの「暫定」をはずして、今後の基準値というものを設定するのか、ということです。
現状は「事故収束」前の(b)の基準値ですが、いずれ(c)の「事故収束」後の時期になるときのために1mSvを目指しての基準を議論して設定し、最終的には1mSv/年を目指します、ということをはっきりとわかりやすく説明する必要があります。それをしないでいい加減な説明を繰り返しているから、いつまで経っても平常時の基準と比べて現在の基準が高すぎる!という声が出てくるのです。しっかりと論理的に説明しないで、文科省のように子供だましの数値いじりを繰り返し、デモなどで批判が大きくなると数値を引き下げる、というのは一番取ってはいけないやり方だと思います。
誰かがしっかりとした理論構築をして、官房長官あたりが上に掲げた図を用いて現在は(b)にあって非常時なのでこの暫定基準値を設定している、だけどいずれは1mSv/年を目指している。いつ頃(c)に移行できそうである。(c)に移行する時には基準値をこのように設定し直す。その際は学校の基準値もこうするし、野菜の基準値もこうする、ということをはっきりと打ち出せば、「平常時とは違って高い!」という誤解に基づいた議論はなくなっていくはずです。
その際、現状の環境放射線の値がこれくらいである。だからすぐに1mSv/年を達成するのは面積が広すぎるので難しい、ということを合わせて説明する必要があります。それが情報公開であり、説明責任を果たすと言うことです。そうすれば、議論の方向も変わっていく可能性もあると思います。
この後、食品の暫定基準値の話を解説しようと思っていますが、まずはこの現状認識について各自でよく理解して考えておいてください。それ抜きに暫定基準値の話はできません。
最後に、この話を書くにあたり、非常に参考になった
コンタンさんのブログに感謝します。
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