8/15 東大と福島県の共同研究の解説(2) 小麦は葉から穂への移行が少ない
先ほどの「8/15 東大と福島県の共同研究の解説(1)土壌セシウムのデータ」と同じ「RADIOISOTOPES」誌に載っていた論文です。
これは、小麦の移行係数について重要なデータですので解説します。「8/7 小麦の放射性セシウムデータのまとめと米データの最新の予想」に関連するデータが含まれていますので、そちらも後でぜひお読み下さい。
先ほどの記事にならい、まずは基本的事項の紹介から。
論文(速報)は、「福島県における降下した放射性物質のコムギ組織別イメージングとセシウム134およびセシウム137の定量」で、著者は田野井慶太朗、橋本 健、桜井健太、二瓶直登、小野勇治、中西友子(敬称略)です。

この話は、NHKでも紹介されたのでご存じの方もいると思います。

まず、この論文では、原発事故から約2ヶ月後の5月15日に実験を行っています。上の図の一番左の写真に出てくるように、小麦の葉では、3/20付近ですでに出ていた「葉-3」と、まだ出ていなかった「止葉」、「葉-1」、「葉-2」、さらには「穂」では放射性セシウムの量に大きな違いがあることが示されています。
真ん中の「イメージングプレート」で黒く見えるのが放射線を発している部分です。一番右の重ね合わせの図で見れば一目瞭然なのですが、「葉-3」には大量の放射性セシウムがあるが、それ以外の部分にはあまり放射性セシウムがないことを示しています。

それをグラフにして数値化したものが上の図(左)です。3月の時点で出ていてすでに枯れ葉になっている葉-3が284500Bq/kgと非常に高い数値を示していますが、それ以外の葉では3000Bq/kg程度、穂では300Bq/kgと低くなっていました。
要旨にしか書かれていないことも含めてこの論文でわかったことは以下のようになります。
・福島県の小麦について放射性セシウム量を調べると、3月にすでに出ていた枯れ葉は284500Bq/kgと穂の300Bq/kgの約1000倍も高い値を示した。
・事故後に出てきた葉も含めて再度調査すると、古い葉から順に高い値を示した。
・放射性物質の分布を見ると、均一ではなくスポット状に強いシグナルが観察されたため、これは放射性降下物が直接付着したものと考えられた。
・古い順に放射性セシウムの濃度が高かったことから、小麦の植物体内において放射性セシウムの再分配は起こりにくいと考えられた。
この論文は速報なので、お茶で問題になったように植物体内で放射性セシウムの移行が起こって高濃度になるメカニズムは小麦ではなさそうだ、ということのみを伝える論文になっています。お茶について言及がないのは、お茶葉の高い放射性セシウムのメカニズムがこの論文執筆時にはまだわかっていなかった(問題にもなっていなかったかもしれません)からです。
従って、この論文のデータは非常にきれいなデータなのですが、以下のようにいくつか疑問も出てきます。おそらくそれについてはその後研究していて、いずれちゃんとした形で報告されることと思います。
1.3月から出ていた葉は284500Bq/kgと非常に高いが、これはこの実験を行った畑の土壌の放射性セシウムあるいは放射性セシウムの降下量と比べてどうなのか?小麦はセシウムを吸着しやすいということはないのか?(この論文には「シュンライ」という大麦のデータもありますが、同じような傾向です。)
2.2回目(5/26)に行った実験では、上のFig.2(右側)に数値が出ているように、事故後に出てきた葉1(3700Bq/kg)や葉2(45400Bq/kg)でもかなり高いセシウムが検出されている。穂(500Bq/kg)はそれに比べるとかなり低いが、穂の中でいわゆる玄麦にあたる部分のセシウム量はいくつだったのか?
3.広野町の小麦(玄麦)で630Bq/kgもの放射性セシウムが検出されているが、そこでもこのデータとほぼ同じ事が起こっているのか?もしそうだとすると、枯れかけている葉には膨大な濃度の放射性セシウムが付いているため、刈り取った後の小麦は決して畑には残さず、集めて放射性物質を含むゴミとして処分する必要がある。この呼びかけを至急するべきではないか?この(葉を含む)麦わらを他の用途に再利用することは稲わら問題と同じで非常に危険である。
4.小麦の植物体内での移行がお茶のように起こらないとすると、多くは土壌から吸い上げたということになる。土壌中の放射性セシウム量が測定されていないが、ぜひ測定してデータを取って欲しい。葉に1,000,000Bq/kgも放射性セシウムがあれば、その1/10000が穂に移行しても100Bq/kgになるので、この穂に出ている放射性セシウムは葉からの移行なのではないか?
特に3.は福島県の小麦農家にはもしまだ伝えていなければ伝えるべき非常に重要な事実です。稲わらが非常に高い放射性セシウム量が検出されたのは、あくまで刈り取った後に屋外に放置していたから、ということで説明が付いています。でも、この論文によって明らかになったことは、福島県の(場所がわからないのですが)一部では、原発事故によって280000Bq/kgもの放射性セシウムを含む小麦の葉(枯れ葉)が存在する(した)というこです。
この高濃度に汚染された葉を畑に残さないようにしてゴミとして処分しないと、稲わらで起こったようなことが小麦でも起こる可能性があるし、少なくともその畑は来年使う際に必要以上に放射性セシウムで汚染されてしまうということです。
また、4.も重要なことなのでぜひ調べて欲しいです。千葉県、茨城県、福島県と比べていくと、福島県は小麦の放射性セシウム量が土壌の放射性セシウム量あるいは放射性セシウムの降下量から予想されるよりも低い結果になっていることが多いということがわかっています。従って、この論文中にあるように、お茶のような移行は少ないにしても、なんらかの移行が起こっていない限り千葉県で100Bq/kg前後出ているのに福島県では不検出になるということは説明できません(「8/7 小麦の放射性セシウムデータのまとめと米データの最新の予想」参照)。
この論文に関連した事はぜひさらに研究して報告してくれることを願っています。
最後に、NHKのニュースについてコメントしておきます。ここでは、「東京電力福島第一原子力発電所の事故が農作物などに与えた影響について、東京大学などが調査したところ、小麦では放射性セシウムが根から吸収される量が少ないとみられ、研究グループは、食用となる穂への影響が小さいのではないかとみています。」とありますが、論文にある実験事実ではそのような報告はありませんし、300Bq/kgというのはこれまでのデータを見てもかなり高い数値です。もし取材で根からの吸収が少ないということがわかったならば、土壌のセシウム濃度も聞き出して記述するべきです。
論文(速報)は、「福島県における降下した放射性物質のコムギ組織別イメージングとセシウム134およびセシウム137の定量」で、著者は田野井慶太朗、橋本 健、桜井健太、二瓶直登、小野勇治、中西友子(敬称略)です。

この話は、NHKでも紹介されたのでご存じの方もいると思います。

まず、この論文では、原発事故から約2ヶ月後の5月15日に実験を行っています。上の図の一番左の写真に出てくるように、小麦の葉では、3/20付近ですでに出ていた「葉-3」と、まだ出ていなかった「止葉」、「葉-1」、「葉-2」、さらには「穂」では放射性セシウムの量に大きな違いがあることが示されています。
真ん中の「イメージングプレート」で黒く見えるのが放射線を発している部分です。一番右の重ね合わせの図で見れば一目瞭然なのですが、「葉-3」には大量の放射性セシウムがあるが、それ以外の部分にはあまり放射性セシウムがないことを示しています。

それをグラフにして数値化したものが上の図(左)です。3月の時点で出ていてすでに枯れ葉になっている葉-3が284500Bq/kgと非常に高い数値を示していますが、それ以外の葉では3000Bq/kg程度、穂では300Bq/kgと低くなっていました。
要旨にしか書かれていないことも含めてこの論文でわかったことは以下のようになります。
・福島県の小麦について放射性セシウム量を調べると、3月にすでに出ていた枯れ葉は284500Bq/kgと穂の300Bq/kgの約1000倍も高い値を示した。
・事故後に出てきた葉も含めて再度調査すると、古い葉から順に高い値を示した。
・放射性物質の分布を見ると、均一ではなくスポット状に強いシグナルが観察されたため、これは放射性降下物が直接付着したものと考えられた。
・古い順に放射性セシウムの濃度が高かったことから、小麦の植物体内において放射性セシウムの再分配は起こりにくいと考えられた。
この論文は速報なので、お茶で問題になったように植物体内で放射性セシウムの移行が起こって高濃度になるメカニズムは小麦ではなさそうだ、ということのみを伝える論文になっています。お茶について言及がないのは、お茶葉の高い放射性セシウムのメカニズムがこの論文執筆時にはまだわかっていなかった(問題にもなっていなかったかもしれません)からです。
従って、この論文のデータは非常にきれいなデータなのですが、以下のようにいくつか疑問も出てきます。おそらくそれについてはその後研究していて、いずれちゃんとした形で報告されることと思います。
1.3月から出ていた葉は284500Bq/kgと非常に高いが、これはこの実験を行った畑の土壌の放射性セシウムあるいは放射性セシウムの降下量と比べてどうなのか?小麦はセシウムを吸着しやすいということはないのか?(この論文には「シュンライ」という大麦のデータもありますが、同じような傾向です。)
2.2回目(5/26)に行った実験では、上のFig.2(右側)に数値が出ているように、事故後に出てきた葉1(3700Bq/kg)や葉2(45400Bq/kg)でもかなり高いセシウムが検出されている。穂(500Bq/kg)はそれに比べるとかなり低いが、穂の中でいわゆる玄麦にあたる部分のセシウム量はいくつだったのか?
3.広野町の小麦(玄麦)で630Bq/kgもの放射性セシウムが検出されているが、そこでもこのデータとほぼ同じ事が起こっているのか?もしそうだとすると、枯れかけている葉には膨大な濃度の放射性セシウムが付いているため、刈り取った後の小麦は決して畑には残さず、集めて放射性物質を含むゴミとして処分する必要がある。この呼びかけを至急するべきではないか?この(葉を含む)麦わらを他の用途に再利用することは稲わら問題と同じで非常に危険である。
4.小麦の植物体内での移行がお茶のように起こらないとすると、多くは土壌から吸い上げたということになる。土壌中の放射性セシウム量が測定されていないが、ぜひ測定してデータを取って欲しい。葉に1,000,000Bq/kgも放射性セシウムがあれば、その1/10000が穂に移行しても100Bq/kgになるので、この穂に出ている放射性セシウムは葉からの移行なのではないか?
特に3.は福島県の小麦農家にはもしまだ伝えていなければ伝えるべき非常に重要な事実です。稲わらが非常に高い放射性セシウム量が検出されたのは、あくまで刈り取った後に屋外に放置していたから、ということで説明が付いています。でも、この論文によって明らかになったことは、福島県の(場所がわからないのですが)一部では、原発事故によって280000Bq/kgもの放射性セシウムを含む小麦の葉(枯れ葉)が存在する(した)というこです。
この高濃度に汚染された葉を畑に残さないようにしてゴミとして処分しないと、稲わらで起こったようなことが小麦でも起こる可能性があるし、少なくともその畑は来年使う際に必要以上に放射性セシウムで汚染されてしまうということです。
また、4.も重要なことなのでぜひ調べて欲しいです。千葉県、茨城県、福島県と比べていくと、福島県は小麦の放射性セシウム量が土壌の放射性セシウム量あるいは放射性セシウムの降下量から予想されるよりも低い結果になっていることが多いということがわかっています。従って、この論文中にあるように、お茶のような移行は少ないにしても、なんらかの移行が起こっていない限り千葉県で100Bq/kg前後出ているのに福島県では不検出になるということは説明できません(「8/7 小麦の放射性セシウムデータのまとめと米データの最新の予想」参照)。
この論文に関連した事はぜひさらに研究して報告してくれることを願っています。
最後に、NHKのニュースについてコメントしておきます。ここでは、「東京電力福島第一原子力発電所の事故が農作物などに与えた影響について、東京大学などが調査したところ、小麦では放射性セシウムが根から吸収される量が少ないとみられ、研究グループは、食用となる穂への影響が小さいのではないかとみています。」とありますが、論文にある実験事実ではそのような報告はありませんし、300Bq/kgというのはこれまでのデータを見てもかなり高い数値です。もし取材で根からの吸収が少ないということがわかったならば、土壌のセシウム濃度も聞き出して記述するべきです。
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