9/11 3.11から6ヶ月過ぎての個人的雑感-社会貢献としての情報発信-
今日は9.11。あの同時多発テロから10年でもありますし、同時に3.11 東日本大震災から半年でもあります。
これを機会に、なぜブログを書き続けているのかということについて、私なりに振り返ってみました。
お時間のある方は少しつき合ってもらえれば、と思います。
ブログを始めたきっかけ
3.11の東日本大震災の時につくば市にいた私は、生まれて初めて避難所生活というものを一日だけですが体験させてもらいました。つくば市の中では停電しなかったところもあったのですが、我が家は停電と断水。トイレが使えなくてはどうしようもないので、避難所に避難して一晩を過ごしました。ある意味人生観が変わったと思います。
停電は次の日には収まったものの、断水は数日間続きました。その時に給水車の情報や、短時間通水の情報をツイッターで仕入れられることを知りました(先代の@tsukubaisさんには感謝です)。ツイッターの威力を実感した瞬間でした。完全に水道が復活した時に、「水が普通に使えるってこんなにありがたいことだったんだ!」と実感しました。
一週間が経ち、日常のバタバタが収まろうとする頃、原発事故はどんどん状況が悪化していきました。1号機に続き、3号機の爆発。まるで悪夢を見ているようでした。その頃から、原発ってそもそもどうやって動いているの?とか、放射線と放射能と放射性物質の違い、なんてところから勉強し直しました(放射性同位元素は実験で扱ったことがあるものの、その時にした基礎的な勉強など忘れていたのです)。そうこうしているうちに、ほうれん草からヨウ素(I-131)が検出され、そのうちに水道水からもヨウ素が検出され、どうしてほうれん草なの?というような疑問についても調べました。
せっかく自分でいろいろと調べたので、それを忘れないうちに整理してまとめておくためと、この貴重な経験を記録に残しておくためにも、ブログを始めました。それが3/20のことです。自分が調べて理解したことを他の人にも共有してもらえれば、という思いからのスタートでした。また、後でも述べますが、文章を書いてそれがどれだけ社会に受け入れられるか試してみたい、という欲求がありました。
このブログの右側の一番上にある「全記事表示リンク 全ての記事を表示する」を押して過去の記事を遡ってもらったらわかるのですが、当初は主に茨城県が発表する各市の水道中のヨウ素のデータを毎日更新するという作業をしていました。茨城県が発表するように表で並べて書かれてもよくわかりませんが、地図上にプロットしたら傾向がなんとなくわかります。当時は3/21のプルームのことなど知りませんから、利根川系の水源が問題なのではないか?という今では見当違いだとわかる推論をしてみたりしていました。
可視化についても、今でこそGoogleマップを使えば簡単じゃない、と思うのですが、当時はそんな技術があるという情報すら知らなかったのです。
わかりやすく情報を伝えるということ

この時からはっきりと意識していたのは、情報の伝え方の問題です。同じ情報を伝えるのでも、上の左図にあるようにただ市町村名と数値の表で並べても(一般的な情報公開はこうですが)、全体像は見えません。ところが右図のように地図上に全てのデータを並べてみると、全体的な傾向が見えるようになります。わかりやすさが違うのです。情報の受け手のことを考えていない官庁の情報公開の姿勢には以前から疑問を感じていました。
私がこうやってブログで地図上に示した図をみてくれたのかどうかはわかりませんが、茨城県もその後のいろいろな発表(たとえば4月の土壌の放射性セシウムのデータ)では地図上にもプロットしてくれるようになりました。今では、米の放射能測定結果で多くの県が地図を用いてどこの市町村は出荷できるか示すようにまでなりました。私がどこまで貢献できたのかはわかりませんが、わかりやすい情報公開とはどういうものか、ということを示すのに少しでも貢献できたのではないかと思っています。
3月末にはほうれん草、水道が落ち着いて来つつあったので、次はきっと海洋汚染だろう、と考えて、海洋汚染と魚への影響について調べて、「4/2 海洋放射能汚染で魚を食べても大丈夫か?」を書きました。私は科学者のはしくれではありますが、はっきりいって海洋や魚については素人です。だから、素人の視点で一般の人にもわかりやすく伝えるということに主眼を置いてこのシリーズを書いていきました。幸い、読者からもらったコメントも「わかりやすい」というコメントが多く、「このスタイルで続けて欲しい」という意見もいただいたので、書く対象が変わっても基本的には同じスタイルで続けています。
私が情報伝達において常に気をつけているのは、主に以下のことです。
・全体像を把握できるように示す。
・できるだけ話の流れを理解しやすく構成する。
・読んだ人が検証できるようにニュースソースを明示する。
・文字ばかりでは理解できないことが多いので、可能な限り図解を入れる。
・書いたあとに何も知識がない人にもわかるか?と思って読み直す。
・独自の視点で考察や解説を加える(単なる受け売りはできるだけ避ける)。
・できるだけ冷静に、客観的な記述をする。
もちろん、どうしても細かい技術的な話になって、これは普通の人にはわからないだろうな、と思いつつ書いていることもあります。「かなり気合いを入れて読まないとついて行けない」と言われたこともあります。でもそういう場合でも、最後にまとめをつけるなどして、ポイントを理解してもらえるようにしているつもりです。また、シリーズものでは、最初の記事で行っていた説明は省略していることも多いですが、そういう場合は必ず前作にリンクをつけているので、わかりにくい場合は必ず一つ前から読んでもらえるとわかるようになると思います。
とはいっても、わかりにくいとかつまらないと思ったらそういう人は次回覗きに来ないでしょう。私も他の人のブログを見る際にはそうですから。何回か同じブログに行き着くと、このブログ面白いかも、と思って真剣にいろいろと読んでみます。さいわい、ツイッターとの連携のおかげか、少しずつではありますが読者も増えてきてくれているので、私の情報の伝え方はそれなりに読者に支持されていると受け止めています。
なお、私のブログ記事には意図的にタイトルに日付を入れています。メルトダウンの話を3月の時点で言うのと6月に言うのでは意味が全く違うように、情報が混乱している状況では、いつの時点の情報なのかを後日振り返っても一目でわかるようにしておくことが重要だと思ったからです。事実、あとから振り返って探す時に自分でも役に立っています。
私のできる社会貢献とは
私は、ブログを書くということは基本的に自分の本業とは無関係に個人として情報発信を行っています。勤務先と関係するような情報は一切入れていないつもりですが、万が一なにかで勤務先に迷惑をかけても困るので、敢えて本名を名乗らずにTSOKDBAの名前で書いています。書いている内容からわかるように、当然のことながら東京電力とは何の関係もありません。
ちなみに、TSOKDBAとは単にTSUKUBAをもじってUをOとDに置き換えてつけた名前です。個人情報になるので書きませんが、アルファベットの選び方には意味があります。今になって失敗したな、と思うのは、読み方を考えずに名前をつけたことです。敢えて発音するならば、もとの単語の発音で「つくば」と読んでもらうしかないと思います。
私がこのブログを書き続けながら考えていたこととほぼ同じことを、東大の児玉先生も最近何かで言ってくれました。この原発事故後の日本の社会で自分が今できることをやる、ということが重要なのです。ボランティアで活躍するのもいいでしょうし、草の根の運動を続けて自治体に訴えるのでも、寄付をするのでも何でもいいと思います。今何をやるべきか、そしてその中で自分ができることは何かを考えて、一つずつでもいいのでそれを実行していくことが大事だと思います。
私は、半年近くブログの執筆を続けてきて、自分は文章で人にわかりやすく説明する能力に比較的長けていると実感できました。池上彰さんのようにわかりやすく解説することはできないかもしれません。でも、自分の持っている専門知識と情報収集・分析能力と組み合わせることで、複雑でわかりにくいニュースを独自の視点でできるだけわかりやすく解説することはできると思っています。
こういうことは誰にでもできることではないと思うので、原発事故だけでなく、自分が内容的にフォローできる範囲のニュースの解説をブログで発表し続けることが私にとっての社会貢献であると考えています。
社会貢献というと、すぐにゴミ拾いをするとかボランティアに参加するとかいう話になるのですが、人によってできる社会貢献は異なると思っています。社会貢献とは、自分の得意な能力を用いていかに社会に役に立つかということであるはずなので、一人一人ができる社会貢献は異なると思います。現代のような情報社会においては、情報を整理して伝えることによる社会貢献というものもあっていいはず、というのが私の考え方です。
実は、ブログを書くことによって私自身もこの半年間、非常に勉強になっています。自分一人のためだと決して取り組まないような内容でも、ブログのため、と思うと勉強する気になるから不思議です。たとえば、こんな事です。
・嫌いだった地理をいやでも勉強せざるを得なくなった(たとえば茨城県に44市町村あるとか初めて知った)。
・初めて勉強する内容を1-2時間で情報収集して簡潔にまとめて書き上げる能力が身についた。
・これまでになく公共のHPをフルに利用するようになった。
・Googleマップや情報ツールの使い方を学ぶことができた。
こういう知識や能力は、いずれ自分の本業にも役立つのではないかと考えています。
私にとってのブログ執筆の意義
個人的な話になりますが、今は亡き父は国家公務員でそこそこの仕事をした人でしたが、ある事をきっかけに、突然郷土史の勉強を始めました。その後10年以上にわたって地元の歴史を調べ上げ、郷土史の本をいくつも書きました。あれはおそらく父にしかできなかったことだと思います。単なる元官僚で終わらずに郷土史家としていくつかの著作を残して亡くなった父を見て育った私は、自分もいずれ何か自分にしかできないことを世の中に残したい、と思っていました。
今回の原発事故をきっかけにブログを書き続けながら、これはひょっとしたら私が求めていた、自分にしかできない事、あるいはそれにつながる事かもしれないと感じつつあります。ですから、今のようなデイリーでの更新はいつまでも続けられないかもしれませんが、週に2-3回の更新になったとしても可能な限り続けていきたいと思っています。いつかきっと原発関係の話がほとんどなくなるような時が来るでしょう。その時でもきっと、別の科学の話題で私の能力を生かせることがあると思っているので、その時に備えてもっと勉強して幅を広げておきたいと思っています。
本業とは別のブログ執筆であるということから、どうしてもウイークデーは時間がかからなくても書ける話が中心になってしまいます。また、最近は読み返す時間があまりないこともあるため、誤字もあるのではないかと思います。時間のかかる話は週末にまとめて書く、というのが現在のスタイルになっています。とはいえ、(読者を増やしたいという下心もあるのですが)スピードが重要だと思っているので、その日のうちにニュースをまとめる、ということは今後も目指します。
個人的な思いを長々と書いた文章にもかかわらず、最後まで読んでいただきありがとうございました。こうやって半年近く続けてこられたのも、読者の皆さんの暖かいご支援があったおかげです。今後も初心を忘れないようにして続けていきたいと思いますので、ぜひおつきあいいただければと思います。
3.11の東日本大震災の時につくば市にいた私は、生まれて初めて避難所生活というものを一日だけですが体験させてもらいました。つくば市の中では停電しなかったところもあったのですが、我が家は停電と断水。トイレが使えなくてはどうしようもないので、避難所に避難して一晩を過ごしました。ある意味人生観が変わったと思います。
停電は次の日には収まったものの、断水は数日間続きました。その時に給水車の情報や、短時間通水の情報をツイッターで仕入れられることを知りました(先代の@tsukubaisさんには感謝です)。ツイッターの威力を実感した瞬間でした。完全に水道が復活した時に、「水が普通に使えるってこんなにありがたいことだったんだ!」と実感しました。
一週間が経ち、日常のバタバタが収まろうとする頃、原発事故はどんどん状況が悪化していきました。1号機に続き、3号機の爆発。まるで悪夢を見ているようでした。その頃から、原発ってそもそもどうやって動いているの?とか、放射線と放射能と放射性物質の違い、なんてところから勉強し直しました(放射性同位元素は実験で扱ったことがあるものの、その時にした基礎的な勉強など忘れていたのです)。そうこうしているうちに、ほうれん草からヨウ素(I-131)が検出され、そのうちに水道水からもヨウ素が検出され、どうしてほうれん草なの?というような疑問についても調べました。
せっかく自分でいろいろと調べたので、それを忘れないうちに整理してまとめておくためと、この貴重な経験を記録に残しておくためにも、ブログを始めました。それが3/20のことです。自分が調べて理解したことを他の人にも共有してもらえれば、という思いからのスタートでした。また、後でも述べますが、文章を書いてそれがどれだけ社会に受け入れられるか試してみたい、という欲求がありました。
このブログの右側の一番上にある「全記事表示リンク 全ての記事を表示する」を押して過去の記事を遡ってもらったらわかるのですが、当初は主に茨城県が発表する各市の水道中のヨウ素のデータを毎日更新するという作業をしていました。茨城県が発表するように表で並べて書かれてもよくわかりませんが、地図上にプロットしたら傾向がなんとなくわかります。当時は3/21のプルームのことなど知りませんから、利根川系の水源が問題なのではないか?という今では見当違いだとわかる推論をしてみたりしていました。
可視化についても、今でこそGoogleマップを使えば簡単じゃない、と思うのですが、当時はそんな技術があるという情報すら知らなかったのです。
わかりやすく情報を伝えるということ

この時からはっきりと意識していたのは、情報の伝え方の問題です。同じ情報を伝えるのでも、上の左図にあるようにただ市町村名と数値の表で並べても(一般的な情報公開はこうですが)、全体像は見えません。ところが右図のように地図上に全てのデータを並べてみると、全体的な傾向が見えるようになります。わかりやすさが違うのです。情報の受け手のことを考えていない官庁の情報公開の姿勢には以前から疑問を感じていました。
私がこうやってブログで地図上に示した図をみてくれたのかどうかはわかりませんが、茨城県もその後のいろいろな発表(たとえば4月の土壌の放射性セシウムのデータ)では地図上にもプロットしてくれるようになりました。今では、米の放射能測定結果で多くの県が地図を用いてどこの市町村は出荷できるか示すようにまでなりました。私がどこまで貢献できたのかはわかりませんが、わかりやすい情報公開とはどういうものか、ということを示すのに少しでも貢献できたのではないかと思っています。
3月末にはほうれん草、水道が落ち着いて来つつあったので、次はきっと海洋汚染だろう、と考えて、海洋汚染と魚への影響について調べて、「4/2 海洋放射能汚染で魚を食べても大丈夫か?」を書きました。私は科学者のはしくれではありますが、はっきりいって海洋や魚については素人です。だから、素人の視点で一般の人にもわかりやすく伝えるということに主眼を置いてこのシリーズを書いていきました。幸い、読者からもらったコメントも「わかりやすい」というコメントが多く、「このスタイルで続けて欲しい」という意見もいただいたので、書く対象が変わっても基本的には同じスタイルで続けています。
私が情報伝達において常に気をつけているのは、主に以下のことです。
・全体像を把握できるように示す。
・できるだけ話の流れを理解しやすく構成する。
・読んだ人が検証できるようにニュースソースを明示する。
・文字ばかりでは理解できないことが多いので、可能な限り図解を入れる。
・書いたあとに何も知識がない人にもわかるか?と思って読み直す。
・独自の視点で考察や解説を加える(単なる受け売りはできるだけ避ける)。
・できるだけ冷静に、客観的な記述をする。
もちろん、どうしても細かい技術的な話になって、これは普通の人にはわからないだろうな、と思いつつ書いていることもあります。「かなり気合いを入れて読まないとついて行けない」と言われたこともあります。でもそういう場合でも、最後にまとめをつけるなどして、ポイントを理解してもらえるようにしているつもりです。また、シリーズものでは、最初の記事で行っていた説明は省略していることも多いですが、そういう場合は必ず前作にリンクをつけているので、わかりにくい場合は必ず一つ前から読んでもらえるとわかるようになると思います。
とはいっても、わかりにくいとかつまらないと思ったらそういう人は次回覗きに来ないでしょう。私も他の人のブログを見る際にはそうですから。何回か同じブログに行き着くと、このブログ面白いかも、と思って真剣にいろいろと読んでみます。さいわい、ツイッターとの連携のおかげか、少しずつではありますが読者も増えてきてくれているので、私の情報の伝え方はそれなりに読者に支持されていると受け止めています。
なお、私のブログ記事には意図的にタイトルに日付を入れています。メルトダウンの話を3月の時点で言うのと6月に言うのでは意味が全く違うように、情報が混乱している状況では、いつの時点の情報なのかを後日振り返っても一目でわかるようにしておくことが重要だと思ったからです。事実、あとから振り返って探す時に自分でも役に立っています。
私のできる社会貢献とは
私は、ブログを書くということは基本的に自分の本業とは無関係に個人として情報発信を行っています。勤務先と関係するような情報は一切入れていないつもりですが、万が一なにかで勤務先に迷惑をかけても困るので、敢えて本名を名乗らずにTSOKDBAの名前で書いています。書いている内容からわかるように、当然のことながら東京電力とは何の関係もありません。
ちなみに、TSOKDBAとは単にTSUKUBAをもじってUをOとDに置き換えてつけた名前です。個人情報になるので書きませんが、アルファベットの選び方には意味があります。今になって失敗したな、と思うのは、読み方を考えずに名前をつけたことです。敢えて発音するならば、もとの単語の発音で「つくば」と読んでもらうしかないと思います。
私がこのブログを書き続けながら考えていたこととほぼ同じことを、東大の児玉先生も最近何かで言ってくれました。この原発事故後の日本の社会で自分が今できることをやる、ということが重要なのです。ボランティアで活躍するのもいいでしょうし、草の根の運動を続けて自治体に訴えるのでも、寄付をするのでも何でもいいと思います。今何をやるべきか、そしてその中で自分ができることは何かを考えて、一つずつでもいいのでそれを実行していくことが大事だと思います。
私は、半年近くブログの執筆を続けてきて、自分は文章で人にわかりやすく説明する能力に比較的長けていると実感できました。池上彰さんのようにわかりやすく解説することはできないかもしれません。でも、自分の持っている専門知識と情報収集・分析能力と組み合わせることで、複雑でわかりにくいニュースを独自の視点でできるだけわかりやすく解説することはできると思っています。
こういうことは誰にでもできることではないと思うので、原発事故だけでなく、自分が内容的にフォローできる範囲のニュースの解説をブログで発表し続けることが私にとっての社会貢献であると考えています。
社会貢献というと、すぐにゴミ拾いをするとかボランティアに参加するとかいう話になるのですが、人によってできる社会貢献は異なると思っています。社会貢献とは、自分の得意な能力を用いていかに社会に役に立つかということであるはずなので、一人一人ができる社会貢献は異なると思います。現代のような情報社会においては、情報を整理して伝えることによる社会貢献というものもあっていいはず、というのが私の考え方です。
実は、ブログを書くことによって私自身もこの半年間、非常に勉強になっています。自分一人のためだと決して取り組まないような内容でも、ブログのため、と思うと勉強する気になるから不思議です。たとえば、こんな事です。
・嫌いだった地理をいやでも勉強せざるを得なくなった(たとえば茨城県に44市町村あるとか初めて知った)。
・初めて勉強する内容を1-2時間で情報収集して簡潔にまとめて書き上げる能力が身についた。
・これまでになく公共のHPをフルに利用するようになった。
・Googleマップや情報ツールの使い方を学ぶことができた。
こういう知識や能力は、いずれ自分の本業にも役立つのではないかと考えています。
私にとってのブログ執筆の意義
個人的な話になりますが、今は亡き父は国家公務員でそこそこの仕事をした人でしたが、ある事をきっかけに、突然郷土史の勉強を始めました。その後10年以上にわたって地元の歴史を調べ上げ、郷土史の本をいくつも書きました。あれはおそらく父にしかできなかったことだと思います。単なる元官僚で終わらずに郷土史家としていくつかの著作を残して亡くなった父を見て育った私は、自分もいずれ何か自分にしかできないことを世の中に残したい、と思っていました。
今回の原発事故をきっかけにブログを書き続けながら、これはひょっとしたら私が求めていた、自分にしかできない事、あるいはそれにつながる事かもしれないと感じつつあります。ですから、今のようなデイリーでの更新はいつまでも続けられないかもしれませんが、週に2-3回の更新になったとしても可能な限り続けていきたいと思っています。いつかきっと原発関係の話がほとんどなくなるような時が来るでしょう。その時でもきっと、別の科学の話題で私の能力を生かせることがあると思っているので、その時に備えてもっと勉強して幅を広げておきたいと思っています。
本業とは別のブログ執筆であるということから、どうしてもウイークデーは時間がかからなくても書ける話が中心になってしまいます。また、最近は読み返す時間があまりないこともあるため、誤字もあるのではないかと思います。時間のかかる話は週末にまとめて書く、というのが現在のスタイルになっています。とはいえ、(読者を増やしたいという下心もあるのですが)スピードが重要だと思っているので、その日のうちにニュースをまとめる、ということは今後も目指します。
個人的な思いを長々と書いた文章にもかかわらず、最後まで読んでいただきありがとうございました。こうやって半年近く続けてこられたのも、読者の皆さんの暖かいご支援があったおかげです。今後も初心を忘れないようにして続けていきたいと思いますので、ぜひおつきあいいただければと思います。
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