11/24 微生物とセシウム:田崎名誉教授の研究の結果は?いつまでたっても見えてこない真相に迫る
「11/13 微生物による放射性セシウム9割除去のニュース 今回は本物!」に続いて、微生物と放射能に関する話を取り上げようと思います。今回は、以前取り上げた話の続きです。
「8/3 ネットは大騒ぎ!放射性物質を取り込む糸状菌と土壌の放射線量低下の関係は?」や「8/8 放射性量低下と糸状菌の関係再び。またもWebから記事は削除。」でもとりあげた金沢大学田崎名誉教授の話、その後の報告をずっと待っているのですが、発表された様子がありません。あとでも述べるように「地球科学」の掲載はまだありません(というか雑誌自体の発行が遅れています)。
8月の「福島民報」や「福島民友」の記事はWeb上から即日削除されました。その後どうなったのかと思って時々田崎先生の記事がないか検索してみると、9月末には別の記事(飯舘村の土壌から米を作って2600Bq/kg)がありました。私はこのデータは田んぼの状況を正確に反映していないので取り上げるに値しないと思い、あえて記事にしませんでした。
結局、いまだに田崎先生の主張が何なのか、いくつかの新聞記事でははっきりしないというのが現状です。でも、いろいろなブログの助けを借りて、やっと真実が見えてきた気がします。あの新聞記事のおかげで多くの人が田崎先生の過去の業績についても誤解をしていたような気がします。「地球科学」に詳細なデータが掲載されるまではこれ以上は無理だと思うので、現段階の私の推測を書きます。でも、かなり当たっているだろうと自分では思っています。長いですが、ぜひお読み下さい。
1.きっかけの8月の新聞記事の内容
まず、8月に大騒ぎとなった話ですが、福島民報と福島民友の記事を簡単にまとめると次のようなことがわかりました。
・田崎先生は土壌の放射能低減のための実験を行っている。
・今回、飯舘村において、放射線量が低下し、バリウムが検出された。
・この土壌において糸状菌を発見した。(5月にタンザニアで発見した糸状菌と別かもしれない)
田崎先生の考察
・糸状菌が放射線量の低下に関与しているのではないかと推測している。
・バリウムの検出も糸状菌が関係しているのではないかと推測している。
・ただし、セシウムからバリウムへの変換云々という部分は田崎先生が言ったのかどうかわからない。
8/3の「福島民報」、8/8の「福島民友」に出た記事は、若干表現は違っているものの、ほぼ同様のことが記載してありました。(福島民友は削除された記事が保存してなかったので、今はもう全文を確認できません。)どちらにも書いてあったことは、8月末の「地球科学」という雑誌に掲載予定ということです。
「地球科学」を探したらありました。これです。

なぜか2011年の刊行が5月の第3号でそれ以降は更新されていないので、今のところまだ出ていないようです。基本的には2ヶ月に一回発行されるのですが、第4号が11月になっても出ないのは震災の影響でしょうか?どうしてなのか、詳細は不明です。
2.その後わかった情報
福島のメディアのどちらの記事においても、記者が誤解して書いたのか、田崎先生がそもそも勘違いしているのか、そこが一番大きなポイントでした。それについてヒントがこのtogetterにありました。
このtogetterのやりとりでは、『「バクテリアによる放射能の無害化」説は新聞記者の勘違いではなかったようです』ということが書いてありました。まとめた人が@parasite2006さんで、この方はいつも確かなまとめをするので田崎教授の勘違い、ということで終わりだと思ったのですが、何かしっくり来ません。
そこでこのまとめからずーっとたどって見つけたのがこのブログ記事。ちゃんと8/29の東京新聞と8/31の中日新聞の記事(両者はほぼ同じ内容)をフォローしてくれていました。
『同大の田崎和江名誉教授(地球環境学)らは、高い放射線量下でも繁殖し、放射性物質を体内に取り込むバクテリアを除染に使えないか研究中だ。
飯舘村長泥地区の水田の土壌で見つけたバクテリアで、セシウムを周囲の粘土鉱物で包み込み体内に吸収する変わった性質をもつ。セシウムの放射線が粘土鉱物で遮蔽され、水田に水を張った実験では、一カ月ほどで線量が半減したという。』(8/29 東京新聞)
さらに別のブログ記事では、別の新聞記事を抜き出してくれていました。「銀座ホステスnicoの気まま」は、なかなかのものです。二つのブログには感謝です。
(5/27 富山新聞:全文はこのリンクから)
『田崎和江金大名誉教授は26日までに、タンザニアの首都ドドマ近郊で、ウランなどの放射性物質の濃度が高い土壌中に、同物質を吸着する細菌が生息していることを発見した。福島第1原発事故後、放射性物質で汚染された土壌の処理が大きな課題となる中、「微生物が放射性物質を固定して拡散を防ぐ『ミクロ石棺』として役立つ可能性がある」としており、今月中に福島県で土壌調査を実施する。
(中略)
手始めにタンザニア全土の約100地点で計測し、バヒと周辺で放射性物質濃度が顕著に高いことを確かめた田崎名誉教授は、バヒの水田土壌を採取して調査した。
電子顕微鏡による観察では、体長数百マイクロメートル(マイクロメートルはミリの1千分の1)の細長い糸状菌の生息が確認された。菌体の周りには粘土鉱物の塊が多く付着しており、この粘土は周りの土壌に比べて極めて高濃度のウランやトリウムなどの放射性物質を含んでいた。』
(6/26 北国新聞:全文はこのリンクから)
『福島第1原発事故で汚染された水田の土壌を、粉末状の粘土などの鉱物で覆うと、大気中に放散される放射線量が半分以下に減らせることを、田崎和江金大名誉教授が25日までに実験で確かめた。7月には福島県南相馬市の水田で大規模な実証実験を始める。
(中略)
田崎名誉教授は5月、福島で大気や土壌中の放射線量を測定し、最も高い線量を記録し た飯舘村長泥地区の水田で土壌サンプルを採取した。実験開始時の線量は600~1000cpm(cpmは放射線量を表す単位)と、平常値のおよそ10倍だった。
実験では、瓶に入れた土の表面を10種類以上の粘土鉱物や岩石粉末で覆い、25日までに8~19日間、線量の変化を測定した。その結果、ベントナイトやカオリナイトなど の鉱物、貝化石を含んだ岩石や珪藻土(けいそうど)の粉末を用いた際に放射線量が200~300cpmまで低くなった。
土壌表面に水を張った場合も線量は大きく下がった。一方、試料と土壌を混ぜたサンプルでは線量は安定的な低下を見せなかった。田崎名誉教授は今後も測定を続けて線量の変化を観察し、効果を見極める。
これらの結果から田崎名誉教授は、大きなコストをかけて汚染土壌を除去しなくても、表面に鉱物を散布すれば線量を抑えられる可能性があると予測する。水の実験値により、放置された水田に水を流す土壌の「掛け流し」でも、ある程度の浄化を見込む。
水や鉱物に覆われて空気から遮断された土壌では、新たに細菌が活動する環境が整う点も注目される。田崎名誉教授は5月、タンザニアの水田土壌中で放射性物質を吸着する細菌を発見しており、性質の似た菌が福島の土壌にも生息していれば、鉱物と生物の力を生かした土壌再生の道が開ける。』
(9/7 北国新聞:全文はこのリンクから)
『田崎名誉教授はこれまでの実験で、放射線量が高い土壌を粉末状の粘土などで覆うと、放出される放射線量が半分以下に減らせることを確認し、7月からは南相馬市馬場の水田で実証実験を行っていた。
実験では、福島第1原発の汚染水処理に使われたゼオライト、土壌改良用の貝化石など、さまざまな材料を水田に散布して除染効果を検証。熱処理前の能登産珪藻土の場合、土壌サンプルの線量は約100~120cpm(cpmは放射線量を表す単位)となり、他の材料との比較で最も低くなった。
珪藻土は植物プランクトンの堆積物で、日本海側を中心に全国で産出される。能登産は粘土質でカルシウムやマグネシウム、カリ、鉄などの元素を豊富に含む。加えて微生物が多く生息するという珍しい特徴がある。実験で、他産地の珪藻土の除染効果も検証したが、能登産には及ばなかった。
ただし、能登産でも熱を加えた物は効果が小さかったことから、田崎名誉教授は、珪藻土中の微生物が放射性物質を吸着、固定するのではないかとみて、分析を進めている。』
3.田崎先生の研究実績
田崎先生は、金沢大学理学部で環境や微生物、バイオミネラリゼーションを研究していた(リンク先はCiNii)研究者です。名誉教授にもなっていることからわかるように、バイオマット(微生物被膜、biological mats)という考え方を日本に導入して広めた実績のある人です。ある種の微生物は鉄やマンガンなどの鉱物を集積して薄い層を作ります。温泉、鉱山廃水などで白色や黄白色の温泉沈殿物に混じって、緑色や青緑色、褐色の部分が見られることがありますが、これはバクテリアや微細藻類、特に藍藻が集まり、細胞壁の外側にいろいろな鉱物を集積したもので、これがバイオマットと呼ばれるものです。茶色は水酸化鉄、緑色はカルシウムによる方解石などと集める鉱物によって色も違うそうです。
アメリカのイエローストーンという国立公園には、温泉に生息する微生物がたくさんいます。私も何年か前に行きましたが、非常にカラフルで美しい色の温泉がいくつもあります(写真はモーニンググローリープール)。

ここにいるのが温泉藻(リンクはWikipedia)と呼ばれる微生物です。(ちなみに、イエローストーンからThermus aquaticusという好熱性のバクテリアが見つかり、そこから取った耐熱性ポリメラーゼによるPCR反応は遺伝子解析の手法に革命を起こしてノーベル賞受賞につながりました。)このWikipediaのreferenceにあったこの文献(日本語)や、あとは、このpdfの最後から2ページ目にある田崎先生の書いた本の書評を読めば、イメージがわかると思います。
田崎先生は、いろいろな環境におけるバイオマットに代表される微生物の鉱物利用(バイオミネラリゼーション)を長年研究(リンク先は論文集)しており、1997年のナホトカ号の重油流出事故の際には重油を分解できる微生物の海水浄化作用の研究も行っていたようで、微生物を用いた環境問題の解決にも興味を持って研究されてきました。
従って、田崎先生の考え方では、環境中の微生物を利用して放射能汚染の低減に役立てたいというのも自然ですし、もしゼオライトやケイ藻土で土壌表面の線量が下がるのであれば、バイオミネラリゼーションの考えからすれば、そこには微生物が関与している可能性がある、と考えるのはごく自然な発想だと思います。
上の新聞記事の中で、9/7の北国新聞で能登産のケイ藻土で土壌を覆っておくと線量の低下が一番大きいという効果を確かめた後に、ケイ藻土に熱をかけてそこにいるかもしれない微生物を殺してから同じ実験を行っています。熱をかけたケイ藻土では効果が減少したことから、ケイ藻土の中にいた微生物が線量の減少に関与しているのであろうということを考えているのだと思います。
4.これらの話から見えてきたこと
さて、一連の新聞記事やtogetterの話と田崎先生の研究経歴から考えると、何が言えるのか、まとめます。
新聞記事に書いてあった実験事実(一部私の推測が入っています)。
(1)飯舘村長泥地区の水田で土壌サンプルを採取した。実験開始時の線量は600~1000cpmと、平常値のおよそ10倍だった。実験では、瓶に入れた土の表面を10種類以上の粘土鉱物や岩石粉末で覆い、25日までに8~19日間、線量の変化を測定した。その結果、ベントナイトやカオリナイトなどの鉱物、貝化石を含んだ岩石や珪藻土(けいそうど)の粉末を用いた際に放射線量が200~300cpmまで低くなった。(6/26 北国新聞)
(2)南相馬市馬場の水田でさまざまな材料を水田に散布して何日か後の表面の放射能を測定した。熱処理前の能登産ケイ藻土の場合、土壌サンプルの線量は約100~120cpm(cpmは放射線量を表す単位)となり、他の材料との比較で最も低くなった(散布前はおそらく飯舘村のように数百cpmあったのでしょう)。熱処理後の能登産ケイ藻土では効果が少なかったので、微生物の関与を考えた。(9/7 北国新聞)
土壌表面に鉱物をまいて何日かおいておくと土壌表面の放射線量の低下がおこるということです。ただ、cpmで測定しているので、この手法は土壌表面の状態にsensitiveだということです。ここでは土壌表面の線量を測定しているだけで、土壌中の放射性セシウム(Bq/kg)を測定していないので、本当に土壌の中の放射性セシウムが減ったということは確認できていません。一方で、見かけ上は表面線量が下がるというのも事実だと思います。
おそらく8月の福島民報でも、土壌表面の放射線量が低下したということは間違いないのでしょうが、田んぼに水を張っても線量が低下するという記述が6/26の北国新聞にあったように、あくまで表面の放射線量が下がったというだけのことであると思います。
ここから先は私の推測です。
この段階で、田崎先生はすでに、先生の長年の研究から、鉱物とそれを利用する微生物によって放射線量が下がったという仮説を立てていたと思います。5/27の富山新聞に『ミクロ石棺』という言葉が出てきていますから、おそらくは微生物の作用で放射性セシウムの周りに鉱物を集積させて、その遮蔽効果で表面線量を下げればよいという考え方をしていると思います。
そこで飯舘村でさらに実験をします。これが8月の福島民報の記事、および8/29の東京新聞の記事につながります。飯舘村で実験して、放射線量が下がり、糸状菌を見つけます。この糸状菌はおそらく鉱物を細胞壁の周りに集積する性質があったものと思います。ひょっとしたらセシウムも吸着した可能性があります。
田崎先生の実験においては、原子吸光光度計(AAS)と呼ばれる装置(他にもXRDとかED-XRFとか私には理解できない、元素分析に使用する装置も使っています)をよく使用しています。おそらくその分析でバリウムが多く検出された。そこでバリウムの量を定量してみたのでしょう。セシウムを吸着して、放射線量が下がるとしたら、そのメカニズムは何か?と考えていた時だと思います。だからこれはきっと菌がセシウムをバリウムに変換したのだと考えた、というのが一つの可能性として考えられます。
何も理解できない記者ならば、先生が言及していないバリウム(福島民報によれば447mg/kg土壌)を記事に書けるはずがないので、取材時に必ずバリウムについて先生が言及しているはずです。
事実はどうだったのかわかりません。しかし、いくつかの新聞記事と、田崎先生のこれまでの業績を調べた結果、これが一番あり得るストーリーだと私は思います。
5.まとめ
結局、下記の結果はおそらく事実で、何も問題がありません。先生の過去の業績から考えて、取り組んだであろう実験だと思います。
結果:
・飯舘村の田んぼにセシウムや粘度鉱物を吸着(集積)できる糸状菌がいた。
・田んぼの土壌表面の線量が低下した(必ずしも土壌中のセシウムが減少したわけではない)。
・その田んぼの土壌からバリウムが検出された。
この結果の考察として、バリウムの検出を放射性セシウムからの変換に結びつけたり、さらにはそれが糸状菌によるものである、ということだけがおかしいだけです。この考察さえなくしてしまえば、何も問題がないと思います。
追記:この見かけ上の線量低下も、線量測定器の使い方、データの解釈の仕方による勘違いかもしれないという指摘をいただきました。
おそらく田崎先生は、実際にいわゆる「除染」はできなくても、微生物によって放射性セシウムが鉱物に閉じこめられて、植物が利用できなくなれば(この部分はまだ実験的に確認されていませんが)それでいいと考えているのではないでしょうか?また、実際の放射能が減らなくても、表面線量が下がるのだから農作業時の外部被曝は減り、それで充分だという考えなのだと思います。
この表面線量が低下した土壌で、何もしていない土壌と比較して同じ植物を植えてみて、植物への移行係数が大幅に減るならば(データはありませんが)、それも一つの「除染」かもしれません。もし「ミクロ石棺」が本当にできていて、(土壌中の粘土鉱物にセシウムが固定されるように)植物に利用されない形でセシウムを閉じこめることができ、耕しても長期間こわれずに維持されるならば、そういう発想で「除染」に取り組むのも一つのやり方だと思いました。
田崎先生は、このリンク先の日本語の文献にあるように、ナホトカ号の事故の際に重油を分解する微生物を発見したり、黒部川の出し平ダムの排砂による黒部川や富山湾の環境への影響を研究していた実績のある方です。ただ、今回はバリウムが大量に検出された時に、思いこみあるいは勘違いによって、間違った解釈をしてしまったのだと思います。ひょっとすると、それにプラスして福島民報や福島民友の記者が間違って記事を書いたのかもしれません。
もし「地球科学」に論文が掲載されれば、真実が明らかになると思います。そのときに以上に書いたことが間違っていれば私も訂正記事を書く予定です。でも、私の想像通りであれば、最後のバリウム検出の理由の考察だけは論文からは除外されると思います。
また、今回の調査で、私は田崎先生の過去の研究に非常に興味を覚えました。生物マットというのは、身近なところにいろいろあることがわかりました。いずれまた別の機会で田崎先生の研究成果についても紹介したいと思います。
まず、8月に大騒ぎとなった話ですが、福島民報と福島民友の記事を簡単にまとめると次のようなことがわかりました。
・田崎先生は土壌の放射能低減のための実験を行っている。
・今回、飯舘村において、放射線量が低下し、バリウムが検出された。
・この土壌において糸状菌を発見した。(5月にタンザニアで発見した糸状菌と別かもしれない)
田崎先生の考察
・糸状菌が放射線量の低下に関与しているのではないかと推測している。
・バリウムの検出も糸状菌が関係しているのではないかと推測している。
・ただし、セシウムからバリウムへの変換云々という部分は田崎先生が言ったのかどうかわからない。
8/3の「福島民報」、8/8の「福島民友」に出た記事は、若干表現は違っているものの、ほぼ同様のことが記載してありました。(福島民友は削除された記事が保存してなかったので、今はもう全文を確認できません。)どちらにも書いてあったことは、8月末の「地球科学」という雑誌に掲載予定ということです。
「地球科学」を探したらありました。これです。

なぜか2011年の刊行が5月の第3号でそれ以降は更新されていないので、今のところまだ出ていないようです。基本的には2ヶ月に一回発行されるのですが、第4号が11月になっても出ないのは震災の影響でしょうか?どうしてなのか、詳細は不明です。
2.その後わかった情報
福島のメディアのどちらの記事においても、記者が誤解して書いたのか、田崎先生がそもそも勘違いしているのか、そこが一番大きなポイントでした。それについてヒントがこのtogetterにありました。
このtogetterのやりとりでは、『「バクテリアによる放射能の無害化」説は新聞記者の勘違いではなかったようです』ということが書いてありました。まとめた人が@parasite2006さんで、この方はいつも確かなまとめをするので田崎教授の勘違い、ということで終わりだと思ったのですが、何かしっくり来ません。
そこでこのまとめからずーっとたどって見つけたのがこのブログ記事。ちゃんと8/29の東京新聞と8/31の中日新聞の記事(両者はほぼ同じ内容)をフォローしてくれていました。
『同大の田崎和江名誉教授(地球環境学)らは、高い放射線量下でも繁殖し、放射性物質を体内に取り込むバクテリアを除染に使えないか研究中だ。
飯舘村長泥地区の水田の土壌で見つけたバクテリアで、セシウムを周囲の粘土鉱物で包み込み体内に吸収する変わった性質をもつ。セシウムの放射線が粘土鉱物で遮蔽され、水田に水を張った実験では、一カ月ほどで線量が半減したという。』(8/29 東京新聞)
さらに別のブログ記事では、別の新聞記事を抜き出してくれていました。「銀座ホステスnicoの気まま」は、なかなかのものです。二つのブログには感謝です。
(5/27 富山新聞:全文はこのリンクから)
『田崎和江金大名誉教授は26日までに、タンザニアの首都ドドマ近郊で、ウランなどの放射性物質の濃度が高い土壌中に、同物質を吸着する細菌が生息していることを発見した。福島第1原発事故後、放射性物質で汚染された土壌の処理が大きな課題となる中、「微生物が放射性物質を固定して拡散を防ぐ『ミクロ石棺』として役立つ可能性がある」としており、今月中に福島県で土壌調査を実施する。
(中略)
手始めにタンザニア全土の約100地点で計測し、バヒと周辺で放射性物質濃度が顕著に高いことを確かめた田崎名誉教授は、バヒの水田土壌を採取して調査した。
電子顕微鏡による観察では、体長数百マイクロメートル(マイクロメートルはミリの1千分の1)の細長い糸状菌の生息が確認された。菌体の周りには粘土鉱物の塊が多く付着しており、この粘土は周りの土壌に比べて極めて高濃度のウランやトリウムなどの放射性物質を含んでいた。』
(6/26 北国新聞:全文はこのリンクから)
『福島第1原発事故で汚染された水田の土壌を、粉末状の粘土などの鉱物で覆うと、大気中に放散される放射線量が半分以下に減らせることを、田崎和江金大名誉教授が25日までに実験で確かめた。7月には福島県南相馬市の水田で大規模な実証実験を始める。
(中略)
田崎名誉教授は5月、福島で大気や土壌中の放射線量を測定し、最も高い線量を記録し た飯舘村長泥地区の水田で土壌サンプルを採取した。実験開始時の線量は600~1000cpm(cpmは放射線量を表す単位)と、平常値のおよそ10倍だった。
実験では、瓶に入れた土の表面を10種類以上の粘土鉱物や岩石粉末で覆い、25日までに8~19日間、線量の変化を測定した。その結果、ベントナイトやカオリナイトなど の鉱物、貝化石を含んだ岩石や珪藻土(けいそうど)の粉末を用いた際に放射線量が200~300cpmまで低くなった。
土壌表面に水を張った場合も線量は大きく下がった。一方、試料と土壌を混ぜたサンプルでは線量は安定的な低下を見せなかった。田崎名誉教授は今後も測定を続けて線量の変化を観察し、効果を見極める。
これらの結果から田崎名誉教授は、大きなコストをかけて汚染土壌を除去しなくても、表面に鉱物を散布すれば線量を抑えられる可能性があると予測する。水の実験値により、放置された水田に水を流す土壌の「掛け流し」でも、ある程度の浄化を見込む。
水や鉱物に覆われて空気から遮断された土壌では、新たに細菌が活動する環境が整う点も注目される。田崎名誉教授は5月、タンザニアの水田土壌中で放射性物質を吸着する細菌を発見しており、性質の似た菌が福島の土壌にも生息していれば、鉱物と生物の力を生かした土壌再生の道が開ける。』
(9/7 北国新聞:全文はこのリンクから)
『田崎名誉教授はこれまでの実験で、放射線量が高い土壌を粉末状の粘土などで覆うと、放出される放射線量が半分以下に減らせることを確認し、7月からは南相馬市馬場の水田で実証実験を行っていた。
実験では、福島第1原発の汚染水処理に使われたゼオライト、土壌改良用の貝化石など、さまざまな材料を水田に散布して除染効果を検証。熱処理前の能登産珪藻土の場合、土壌サンプルの線量は約100~120cpm(cpmは放射線量を表す単位)となり、他の材料との比較で最も低くなった。
珪藻土は植物プランクトンの堆積物で、日本海側を中心に全国で産出される。能登産は粘土質でカルシウムやマグネシウム、カリ、鉄などの元素を豊富に含む。加えて微生物が多く生息するという珍しい特徴がある。実験で、他産地の珪藻土の除染効果も検証したが、能登産には及ばなかった。
ただし、能登産でも熱を加えた物は効果が小さかったことから、田崎名誉教授は、珪藻土中の微生物が放射性物質を吸着、固定するのではないかとみて、分析を進めている。』
3.田崎先生の研究実績
田崎先生は、金沢大学理学部で環境や微生物、バイオミネラリゼーションを研究していた(リンク先はCiNii)研究者です。名誉教授にもなっていることからわかるように、バイオマット(微生物被膜、biological mats)という考え方を日本に導入して広めた実績のある人です。ある種の微生物は鉄やマンガンなどの鉱物を集積して薄い層を作ります。温泉、鉱山廃水などで白色や黄白色の温泉沈殿物に混じって、緑色や青緑色、褐色の部分が見られることがありますが、これはバクテリアや微細藻類、特に藍藻が集まり、細胞壁の外側にいろいろな鉱物を集積したもので、これがバイオマットと呼ばれるものです。茶色は水酸化鉄、緑色はカルシウムによる方解石などと集める鉱物によって色も違うそうです。
アメリカのイエローストーンという国立公園には、温泉に生息する微生物がたくさんいます。私も何年か前に行きましたが、非常にカラフルで美しい色の温泉がいくつもあります(写真はモーニンググローリープール)。

ここにいるのが温泉藻(リンクはWikipedia)と呼ばれる微生物です。(ちなみに、イエローストーンからThermus aquaticusという好熱性のバクテリアが見つかり、そこから取った耐熱性ポリメラーゼによるPCR反応は遺伝子解析の手法に革命を起こしてノーベル賞受賞につながりました。)このWikipediaのreferenceにあったこの文献(日本語)や、あとは、このpdfの最後から2ページ目にある田崎先生の書いた本の書評を読めば、イメージがわかると思います。
田崎先生は、いろいろな環境におけるバイオマットに代表される微生物の鉱物利用(バイオミネラリゼーション)を長年研究(リンク先は論文集)しており、1997年のナホトカ号の重油流出事故の際には重油を分解できる微生物の海水浄化作用の研究も行っていたようで、微生物を用いた環境問題の解決にも興味を持って研究されてきました。
従って、田崎先生の考え方では、環境中の微生物を利用して放射能汚染の低減に役立てたいというのも自然ですし、もしゼオライトやケイ藻土で土壌表面の線量が下がるのであれば、バイオミネラリゼーションの考えからすれば、そこには微生物が関与している可能性がある、と考えるのはごく自然な発想だと思います。
上の新聞記事の中で、9/7の北国新聞で能登産のケイ藻土で土壌を覆っておくと線量の低下が一番大きいという効果を確かめた後に、ケイ藻土に熱をかけてそこにいるかもしれない微生物を殺してから同じ実験を行っています。熱をかけたケイ藻土では効果が減少したことから、ケイ藻土の中にいた微生物が線量の減少に関与しているのであろうということを考えているのだと思います。
4.これらの話から見えてきたこと
さて、一連の新聞記事やtogetterの話と田崎先生の研究経歴から考えると、何が言えるのか、まとめます。
新聞記事に書いてあった実験事実(一部私の推測が入っています)。
(1)飯舘村長泥地区の水田で土壌サンプルを採取した。実験開始時の線量は600~1000cpmと、平常値のおよそ10倍だった。実験では、瓶に入れた土の表面を10種類以上の粘土鉱物や岩石粉末で覆い、25日までに8~19日間、線量の変化を測定した。その結果、ベントナイトやカオリナイトなどの鉱物、貝化石を含んだ岩石や珪藻土(けいそうど)の粉末を用いた際に放射線量が200~300cpmまで低くなった。(6/26 北国新聞)
(2)南相馬市馬場の水田でさまざまな材料を水田に散布して何日か後の表面の放射能を測定した。熱処理前の能登産ケイ藻土の場合、土壌サンプルの線量は約100~120cpm(cpmは放射線量を表す単位)となり、他の材料との比較で最も低くなった(散布前はおそらく飯舘村のように数百cpmあったのでしょう)。熱処理後の能登産ケイ藻土では効果が少なかったので、微生物の関与を考えた。(9/7 北国新聞)
土壌表面に鉱物をまいて何日かおいておくと土壌表面の放射線量の低下がおこるということです。ただ、cpmで測定しているので、この手法は土壌表面の状態にsensitiveだということです。ここでは土壌表面の線量を測定しているだけで、土壌中の放射性セシウム(Bq/kg)を測定していないので、本当に土壌の中の放射性セシウムが減ったということは確認できていません。一方で、見かけ上は表面線量が下がるというのも事実だと思います。
おそらく8月の福島民報でも、土壌表面の放射線量が低下したということは間違いないのでしょうが、田んぼに水を張っても線量が低下するという記述が6/26の北国新聞にあったように、あくまで表面の放射線量が下がったというだけのことであると思います。
ここから先は私の推測です。
この段階で、田崎先生はすでに、先生の長年の研究から、鉱物とそれを利用する微生物によって放射線量が下がったという仮説を立てていたと思います。5/27の富山新聞に『ミクロ石棺』という言葉が出てきていますから、おそらくは微生物の作用で放射性セシウムの周りに鉱物を集積させて、その遮蔽効果で表面線量を下げればよいという考え方をしていると思います。
そこで飯舘村でさらに実験をします。これが8月の福島民報の記事、および8/29の東京新聞の記事につながります。飯舘村で実験して、放射線量が下がり、糸状菌を見つけます。この糸状菌はおそらく鉱物を細胞壁の周りに集積する性質があったものと思います。ひょっとしたらセシウムも吸着した可能性があります。
田崎先生の実験においては、原子吸光光度計(AAS)と呼ばれる装置(他にもXRDとかED-XRFとか私には理解できない、元素分析に使用する装置も使っています)をよく使用しています。おそらくその分析でバリウムが多く検出された。そこでバリウムの量を定量してみたのでしょう。セシウムを吸着して、放射線量が下がるとしたら、そのメカニズムは何か?と考えていた時だと思います。だからこれはきっと菌がセシウムをバリウムに変換したのだと考えた、というのが一つの可能性として考えられます。
何も理解できない記者ならば、先生が言及していないバリウム(福島民報によれば447mg/kg土壌)を記事に書けるはずがないので、取材時に必ずバリウムについて先生が言及しているはずです。
事実はどうだったのかわかりません。しかし、いくつかの新聞記事と、田崎先生のこれまでの業績を調べた結果、これが一番あり得るストーリーだと私は思います。
5.まとめ
結局、下記の結果はおそらく事実で、何も問題がありません。先生の過去の業績から考えて、取り組んだであろう実験だと思います。
結果:
・飯舘村の田んぼにセシウムや粘度鉱物を吸着(集積)できる糸状菌がいた。
・田んぼの土壌表面の線量が低下した(必ずしも土壌中のセシウムが減少したわけではない)。
・その田んぼの土壌からバリウムが検出された。
この結果の考察として、バリウムの検出を放射性セシウムからの変換に結びつけたり、さらにはそれが糸状菌によるものである、ということだけがおかしいだけです。この考察さえなくしてしまえば、何も問題がないと思います。
追記:この見かけ上の線量低下も、線量測定器の使い方、データの解釈の仕方による勘違いかもしれないという指摘をいただきました。
おそらく田崎先生は、実際にいわゆる「除染」はできなくても、微生物によって放射性セシウムが鉱物に閉じこめられて、植物が利用できなくなれば(この部分はまだ実験的に確認されていませんが)それでいいと考えているのではないでしょうか?また、実際の放射能が減らなくても、表面線量が下がるのだから農作業時の外部被曝は減り、それで充分だという考えなのだと思います。
この表面線量が低下した土壌で、何もしていない土壌と比較して同じ植物を植えてみて、植物への移行係数が大幅に減るならば(データはありませんが)、それも一つの「除染」かもしれません。もし「ミクロ石棺」が本当にできていて、(土壌中の粘土鉱物にセシウムが固定されるように)植物に利用されない形でセシウムを閉じこめることができ、耕しても長期間こわれずに維持されるならば、そういう発想で「除染」に取り組むのも一つのやり方だと思いました。
田崎先生は、このリンク先の日本語の文献にあるように、ナホトカ号の事故の際に重油を分解する微生物を発見したり、黒部川の出し平ダムの排砂による黒部川や富山湾の環境への影響を研究していた実績のある方です。ただ、今回はバリウムが大量に検出された時に、思いこみあるいは勘違いによって、間違った解釈をしてしまったのだと思います。ひょっとすると、それにプラスして福島民報や福島民友の記者が間違って記事を書いたのかもしれません。
もし「地球科学」に論文が掲載されれば、真実が明らかになると思います。そのときに以上に書いたことが間違っていれば私も訂正記事を書く予定です。でも、私の想像通りであれば、最後のバリウム検出の理由の考察だけは論文からは除外されると思います。
また、今回の調査で、私は田崎先生の過去の研究に非常に興味を覚えました。生物マットというのは、身近なところにいろいろあることがわかりました。いずれまた別の機会で田崎先生の研究成果についても紹介したいと思います。
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