民間事故調の報告書を読んで-もう少し体裁を整えてから出版した方がよかったのでは?
福島原発事故独立検証委員会(以下「民間事故調」)の調査・検証報告書(以下「調査報告書」)が3/11に発売されました。私もたまたまある本屋で残っていた現物を見て、とりあえず読んでみようと思い、購入しました。
「民間事故調査委員会の報告書はなぜ有料?」や「民間事故調の報告書をめぐる騒ぎを通じて考えたWeb時代の情報発信の対価」にも書いたように、誰に対しての報告書なのか、その位置づけが曖昧な気がしていましたが、その話とこの報告書の中身の話は別に評価すべき、というのが私の考え方でした。ですから、有料だから買わないという事ではなく、読んでみて中身が素晴らしければそれはそれで評価すべき、という考え方で購入することにしました。
読んでみての感想として、非常によく調べてまとめてくれているという思いもあるのですが、一方で書籍としては一体化した報告書になっていなくて、単にそれぞれのパートを寄せ集めただけ、ということもわかって、非常に残念でした。
このレベルで「緊急出版」するならば、書籍としてはもっと時間をかけて体裁を整えてから出版してもらった方がよかったというのが正直な感想です。
民間事故調の報告書については3回も書いてしまいましたが、これで終わりにする予定です。
1.英語の報告書はウエブ上で公開するらしい
調査報告書の9ページからは、この財団の理事長でもある船橋洋一さんのメッセージが書かれています。
船橋洋一 プログラム・ダイレクターからのメッセージ ――「真実、独立、世界」をモットーに
ここには、民間事故調の意義が書かれています。その中で、この報告書の最終的な発信方法が書いてありました。
『・私たちの報告書を世界の知的共有財産として登録し、今後の知的、政策的なレファレンスとする。そのために、報告書を英語で世界に発信する。報告書作成に当たっては、事前に世界のこの分野での専門家にレビューしてもらい、それをウエブ上の報告書に織り込む。』(p.10 太字部分)
『報告書は全文、英語に翻訳し、この夏世界に発信します。その際に、原子力安全規制、原子力政策、機器管理などの分野の国際的な専門家に事前に英文草案を読んでいただき、レビューをしていただくことになっています。』(p.15)
この点については、財団のHPにあった2月28日の1時間40分に及ぶ記者会見の動画の一番最後(1:35あたりから)に、船橋さんから今後の予定ということでこの点について補足がありました。
「アメリカ、オランダの3人の専門家に外部アドバイザーとして参加してもらう事が決まっている。彼らに英語で書いたものを読んでもらって、そのレビューも合わせて出したい。」
(なお、そのすぐ後でこのような発言もありました。
「非売品で、どこかで出してもらえればありがたいが、そこまで頭が回らなくてやっていない。今朝から問い合わせが殺到しているため、商業出版しないと難しいかなと考えている。」)
こうしてみると、この報告書は最終的には全世界に英語で発信し、「世界の知的共有財産として登録」することがゴールだということのようです。そして、英語で発信する際には「ウエブ上の報告書」だそうです。きっと英語の書籍として出版もするのでしょうが、ウエブ上で報告書として公開するようです。
だったら日本語でも同じようにウエブ上で公開すればいいじゃない?という疑問が再び頭をよぎりました。でもこの議論は今回はあまりしないことにします。あくまで中身がどうなのか、ですから。でも、中身についても苦言を呈さざるを得ないというのが現状です。
2.体裁の不統一があまりにも多い報告書
無料で公開されている文書ならば、「民間」の報告書ですし、多少の間違いがあっても仕方ないと思うのですが、金を取って書籍として販売する以上は、どんな書籍でもそれなりに体裁を整えるのは最低限行っていることです。ですが、この調査報告書では、それがなされた形跡がほとんど見られないのです。以下に実例を挙げて説明します。
(1) 各章の体裁の不統一
この調査報告書の目次はHPにも載っています。
実際の各章では、基本的には以下のような体裁で書かれています。
第1章 福島第一原子力発電所の被災直後からの対応(p.22)
<概要>
<検証すべきポイント・論点>
第1節 福島第一原子力発電所
第2節 3月11日の対応
・・・・
第1章を読み出した時は、最初に概要と論点を<>でまとめてくれていてわかりやすいな、と思ったのですが、第3章、第4章では<検証すべきポイント・論点>がありませんでした。また、第9章では<概要>を第1節にしてしまっています。最後に本として仕上げる際に、体裁を統一しようという作業がなかったことは明らかです。
こういう目で見ていくと、他にもいくつもあります。
(2) 脚注の置き方の不統一
参考文献などの注を示すために、本文中では上付きの小さな数字で示し、その数字に対する文献やコメントをどこかにまとめて記載することはよくあるのですが、この本では右側のページの下にその脚注をつけています。ところがなぜか第6章だけは脚注を章末にまとめているのです。読みながら一生懸命に脚注の場所を探してしまいました。(ついでにいうと、第1章も章末にあるのですが、これは章の始めに断り書きがあるのでこれでもいいかと思いました。)
(3) 図表の番号付けの不統一
この報告書には、図や表、写真があります。これについては、
第1章
図1とか表1とは書かずに単に標題だけを記載した。
第2章
第1節、第3節、第4節 図1、図2などと記載し、本文中でも「図1には・・・」と引用して説明している。
第2節 図や表とは書かず、標題もなし。
第3章
図1とか表1とは書かずに単に標題だけを記載した。
第4章
第1節 図1とか表1とは書かずに単に標題だけを記載した。
第4節 図 表の記載はあるが番号はなし。
第5章
図1、図2などと記載し、本文中でも「図1には・・・」と引用して説明している。
第5節 図という記載(番号はなし)
第6節 図という記載があったりなかったり
第12章
図1、図2などと記載し、本文中でも「図1には・・・」と引用して説明している。
というように、章ごとにバラバラですし、ひどい場合には章の中でもバラバラです。どの形式でもいいので統一すべきですし、図や表のタイトルくらいはつけるべきと思います。また、図表のタイトルの置き方も、図の上につけるのか下につけるのかもバラバラですので、これも統一すべきです。
これは、分担して原稿を書いた時点では細かい体裁が統一されてないのは仕方ないとして、それを最終的に統一するという作業が行われなかったということを示しています。これはプロジェクトが行うことなのか、ディスカバートゥエンティーワン社が出版したのですからこの出版社がやることなのかは知りませんが、あまりにもお粗末です。
それに加えて、第5章第1節では、表6が二回出てきたり(p.159とp.166)、存在しない図3に対する言及が本文中にあったり(p.160)と読んでいて「何これ?」というレベルのものがありました。
また、これは体裁の不統一とは関係ないのですが、せっかく図を載せてくれているのに、第1章の「1号機ICの動作状況について」(p.39)のように、次のページの図(p.40)には細かい説明がない上に本文中にも図に対する説明がないまま弁1と弁4が閉まっていたとか詳細な説明が書かれています。こういう記載を読むと、読者はどれが弁1でどれが弁4だろうと思うはずです。下の図も、せめてどれが弁1~弁4にあたるのか、日本語で説明をつければそれだけでも少しは違ったと思います。このままではほとんどの読者はよく理解できずストレスがたまるだけだと思います。

(調査報告書 p.39およびp.40より)
同じ第1章の中でも27ページにはベントラインの系統図に下のようなわかりやすい解説を載せてくれているのですから、39ページでも同様の説明を図につけるべきです。(27ページでもMOとAOの違いは?とか解説して欲しいところはありますが)

(調査報告書 p.27より)
もともと私は、この本の第3部(歴史的・構造的要因の分析)、第4部(グローバル・コンテクスト)についてはあまり興味がなく、第1部(事故・被害の経緯)、第2部(原発事故への対応)の内容に期待して購入したので、そういう意味でははっきり言って幻滅でした。政府事故調の報告書は、複雑な原子炉の内部構造についても読者のためにわかりやすい説明があり、一般国民を読者として意識していたのと比べても差が目立ちます。
3.調査報告書のよかった点
あまり文句ばかり言っていてもしかたないので、この調査報告書のよかったところも挙げておきましょう。
(1)最悪シナリオに関する情報
最悪シナリオについては、この報告書が発表される前からネット上ではすでに流れていました。おそらくこの藤崎 良次さんのHPに載っているものがネット上を流れたのだと思いますが、pdf以上の情報はありませんでした。ですが、この調査報告書のp90には、なぜこの「最悪シナリオ」作りが原子力安全委員長の斑目さんではなく原子力委員長の近藤駿介さんに依頼されたのかも書かれていました。私は、なぜここで原子力委員会が出てくるのかがよく理解できていなかったのですが、この調査報告書を読んで理解できました。
簡単にいうと、斑目原子力安全委員長は、「水素爆発はしません」と3月12日朝に原発の視察に向かうヘリの中で菅首相に明言してしまったのにその日のうちに水素爆発が起こってしまい、菅首相から不信感をもたれていたので、近藤原子力委員長に依頼しようということになったようです。
3月22日に斑目原子力安全委員長、近藤原子力委員長、保安院の寺坂院長が首相に呼ばれて、最悪のシナリオ作りをしたい、3日で結論を出して欲しい、という首相の要請に対し、『近藤委員長は、斑目委員長に「あなたはいまとても忙しいから、私のところでやりましょう」と言い、斑目委員長もそれに同意した。』(p.90より)ということだったそうです。
また、3日間でこのシナリオが仕上げるのは、近藤委員長がすでに個人的な勉強会を立ち上げていて、最悪シナリオに似た事を検討していたからだそうです。このような情報は、聞き取り調査をして始めて明らかになった事だと思いますので、これは民間事故調の成果の一つだと思いました。
(2)菅前首相のマネジメントスタイル
これはこの調査報告書が記者会見で発表された時に大きく報道されたために概略は多くの方がご存じだと思いますが、マスメディアが一部だけ切り取って報道しているような内容だけが書かれているわけではありません。この調査報告書には多くのことが記載されています。
・原子力災害対策マニュアルが想定していた現地の緊急事態応急対策拠点施設(オフサイトセンター)が全く機能しなかったために、マニュアル通りのやり方はできなかった。
・本来ならば一番情報を持っていて、こうしたらいい、と提案するはずの保安院にそういう人材が一人もいなかった。
・東京電力が積極的に情報開示をしなかった。
・斑目原子力安全委員長も、水素爆発をしないと断言した数時間後に水素爆発が起こるといった状況で、首相としてはだれを信頼したらいいかわからなかった。
この状況で総理はどう対応できたのか?菅前首相でなくても、その前の1年前後で辞めていった数人の歴代首相達だったらどう対応できたのか?おそらく似たり寄ったりだったのではないでしょうか?
その他、政府事故調の報告書だけではわからなかったことがこの調査報告書を読むとわかることもいくつかあり、どうして本来定められているはずのルートで対応しなかったのだろう?と昨年からずっと思っていた疑問が解けたのも事実です。このあたりも政府事故調の報告書の成果だと感じました。
(3)ソーシャルメディアの役割
この報告書を書店でパラパラと見ていて、ツイッターの果たした役割が記載されていたのも購入しようと思った理由の一つでした。ここでは、東大の早野教授のツイッターでの活躍と、震災後にツイッターでの情報発信を始めた政府や東京電力の情報発信とは何が違ったのか、ということを分析しています。政府の情報発信は一方的であったが、早野先生は双方向の情報発信を行ったことがよかったという分析ですが、その通りだと思います。
(早野教授は)『インタラクティブなやり取りの中に身をおくことで、人々が欲しい情報を的確に汲み取り、それに対するデータを提示できた。これはソーシャルメディアでは発信以上に、情報を受信し、情報をやり取りすることが重要であることを示している。』(p.142より)
早野先生のフォロワーが昨年の3月7日にはわずか2255人だったというのは初めて知りましたが、ビックリでした。
(4)事故の遠因の分析
なぜこの事故が起こったのか、その原因について歴史的・構造的な背景を分析することがこの調査報告書の目的とされています。そういう意味で、第3部、第4部は読みごたえのある内容になっています。ここではあまり細かいことは取り上げません。こういう部分に興味のある方はぜひ読んでみたらいいのではないでしょうか。私のこの報告書に対する関心は後半の第3部、第4部にはなかったので、ザッと流して読んだだけです。
第8章では日本の原子力行政がどのように変遷してきたかをレビューしてくれているのですが、複雑な体制が時代と共に、事件や事故と共に変遷しているので、もう少しわかりやすく図にまとめてくれると良かったと思います。なお、食品の基準値を決めるのに、なぜ文科省の放射線審議会が出てくるのかこれまで私には理解できなかったのですが、旧科技庁系の組織として残っていた放射線審議会なのだということがこれを読んで初めて理解できました。
でも、この報告書にも「できなかったこと」として書かれていますが、マスメディアの事故前に果たしてきた役割、事故後の報道についてももっと突っ込んでまとめて欲しかったと思います。元朝日新聞社の主筆であるからこそ、そこにも突っ込んで調査すべきだったと思います。そうすれば、電力業界とマスコミとの癒着、それによる国民への原発に関する情報の伝え方の偏りについても切り込めたと思います。また、事故後のマスコミ報道や記者会見での質問の仕方についてももっと突っ込んで欲しかったところです。昔の自分の仲間に対しては甘いというのでは、「独立した」を謳い文句にしている民間事故調の名が泣きます。
4.報告書はもう少し時間をかけてから発表してもよかったのではないか?
私が2.で指摘したようなことは、そんな細かいところを突っつかなくても、というご意見も当然あると思います。ただ、今回指摘したような、普通の本が出版されるならば当然チェックされているような点が全くチェックされていないというレベルで無理に出版する必要があったのだろうか?というのが率直な私の感想です。報告書全体として最終的な内容の推敲がほんとうになされたのか、疑問を感じるからです。
今回は、明らかに3.11からの1周年を意識しての発表とその後の「緊急出版」でした。でも、内容としても時間がなくてできなかった部分がある状態で、体裁もいい加減なままで発表するよりも、3月11日に間に合わなくても立派な内容に仕上げてから発表した方がよかったのではないでしょうか?当然ながら、その中には事前に一般国民への配布方法などもしっかりと詰めるということも入っています。
後世に残す、ということを考えていたならば、無理に急いで雑な報告書として出版するよりも、1ヶ月送らせてでもよりよいものにして出版した方が遙かに価値があったと思います。内容としていいものもあるだけに、残念な気がしました。
5.おまけ 明らかな誤植(今後対応をお願いしたい部分)
これまで書いてきたように、あまりにも体裁が統一されていなく、誤植も多かったので、あら探しモードで読んでしまいましたが、気がついた範囲で明らかな誤植を指摘しておきますので、第2版?以降での修正をお願いしたいと思います。当然、ここに記載した以外にもいくつもあると思います。とりあえずは正誤表をつけるとか、HPでもpdfで正誤表を配布してほしいものです。
p.58 第2章第3節 下から10行目 「(詳細は第5節参照)」→第2章には第5節はないので第5章か?
p.120 第4章第1節 下から8行目 「2010年4月」→「2011年4月」
p.160 第5章第2節 まん中あたり 「放水活動を実施した(図3参照)」→「放水活動を実施した(表7参照)」
p.166 第5章第2節 一番上 表6→表7
p.394 最終章 下から6行目 「異常時における日本型行政指導の様相を呈しであり」→「異常時における日本型行政指導の様相を呈しており」
p.133-134 誤植ではないが、白黒の印刷なのに「青がヨウ素、赤が放射線、オレンジが放射能」と書かれてあってもどれだかさっぱりわからない。
その他、2.で指摘した体裁についてもできれば揃えて欲しいと思います。
調査報告書の9ページからは、この財団の理事長でもある船橋洋一さんのメッセージが書かれています。
船橋洋一 プログラム・ダイレクターからのメッセージ ――「真実、独立、世界」をモットーに
ここには、民間事故調の意義が書かれています。その中で、この報告書の最終的な発信方法が書いてありました。
『・私たちの報告書を世界の知的共有財産として登録し、今後の知的、政策的なレファレンスとする。そのために、報告書を英語で世界に発信する。報告書作成に当たっては、事前に世界のこの分野での専門家にレビューしてもらい、それをウエブ上の報告書に織り込む。』(p.10 太字部分)
『報告書は全文、英語に翻訳し、この夏世界に発信します。その際に、原子力安全規制、原子力政策、機器管理などの分野の国際的な専門家に事前に英文草案を読んでいただき、レビューをしていただくことになっています。』(p.15)
この点については、財団のHPにあった2月28日の1時間40分に及ぶ記者会見の動画の一番最後(1:35あたりから)に、船橋さんから今後の予定ということでこの点について補足がありました。
「アメリカ、オランダの3人の専門家に外部アドバイザーとして参加してもらう事が決まっている。彼らに英語で書いたものを読んでもらって、そのレビューも合わせて出したい。」
(なお、そのすぐ後でこのような発言もありました。
「非売品で、どこかで出してもらえればありがたいが、そこまで頭が回らなくてやっていない。今朝から問い合わせが殺到しているため、商業出版しないと難しいかなと考えている。」)
こうしてみると、この報告書は最終的には全世界に英語で発信し、「世界の知的共有財産として登録」することがゴールだということのようです。そして、英語で発信する際には「ウエブ上の報告書」だそうです。きっと英語の書籍として出版もするのでしょうが、ウエブ上で報告書として公開するようです。
だったら日本語でも同じようにウエブ上で公開すればいいじゃない?という疑問が再び頭をよぎりました。でもこの議論は今回はあまりしないことにします。あくまで中身がどうなのか、ですから。でも、中身についても苦言を呈さざるを得ないというのが現状です。
2.体裁の不統一があまりにも多い報告書
無料で公開されている文書ならば、「民間」の報告書ですし、多少の間違いがあっても仕方ないと思うのですが、金を取って書籍として販売する以上は、どんな書籍でもそれなりに体裁を整えるのは最低限行っていることです。ですが、この調査報告書では、それがなされた形跡がほとんど見られないのです。以下に実例を挙げて説明します。
(1) 各章の体裁の不統一
この調査報告書の目次はHPにも載っています。
実際の各章では、基本的には以下のような体裁で書かれています。
第1章 福島第一原子力発電所の被災直後からの対応(p.22)
<概要>
<検証すべきポイント・論点>
第1節 福島第一原子力発電所
第2節 3月11日の対応
・・・・
第1章を読み出した時は、最初に概要と論点を<>でまとめてくれていてわかりやすいな、と思ったのですが、第3章、第4章では<検証すべきポイント・論点>がありませんでした。また、第9章では<概要>を第1節にしてしまっています。最後に本として仕上げる際に、体裁を統一しようという作業がなかったことは明らかです。
こういう目で見ていくと、他にもいくつもあります。
(2) 脚注の置き方の不統一
参考文献などの注を示すために、本文中では上付きの小さな数字で示し、その数字に対する文献やコメントをどこかにまとめて記載することはよくあるのですが、この本では右側のページの下にその脚注をつけています。ところがなぜか第6章だけは脚注を章末にまとめているのです。読みながら一生懸命に脚注の場所を探してしまいました。(ついでにいうと、第1章も章末にあるのですが、これは章の始めに断り書きがあるのでこれでもいいかと思いました。)
(3) 図表の番号付けの不統一
この報告書には、図や表、写真があります。これについては、
第1章
図1とか表1とは書かずに単に標題だけを記載した。
第2章
第1節、第3節、第4節 図1、図2などと記載し、本文中でも「図1には・・・」と引用して説明している。
第2節 図や表とは書かず、標題もなし。
第3章
図1とか表1とは書かずに単に標題だけを記載した。
第4章
第1節 図1とか表1とは書かずに単に標題だけを記載した。
第4節 図 表の記載はあるが番号はなし。
第5章
図1、図2などと記載し、本文中でも「図1には・・・」と引用して説明している。
第5節 図という記載(番号はなし)
第6節 図という記載があったりなかったり
第12章
図1、図2などと記載し、本文中でも「図1には・・・」と引用して説明している。
というように、章ごとにバラバラですし、ひどい場合には章の中でもバラバラです。どの形式でもいいので統一すべきですし、図や表のタイトルくらいはつけるべきと思います。また、図表のタイトルの置き方も、図の上につけるのか下につけるのかもバラバラですので、これも統一すべきです。
これは、分担して原稿を書いた時点では細かい体裁が統一されてないのは仕方ないとして、それを最終的に統一するという作業が行われなかったということを示しています。これはプロジェクトが行うことなのか、ディスカバートゥエンティーワン社が出版したのですからこの出版社がやることなのかは知りませんが、あまりにもお粗末です。
それに加えて、第5章第1節では、表6が二回出てきたり(p.159とp.166)、存在しない図3に対する言及が本文中にあったり(p.160)と読んでいて「何これ?」というレベルのものがありました。
また、これは体裁の不統一とは関係ないのですが、せっかく図を載せてくれているのに、第1章の「1号機ICの動作状況について」(p.39)のように、次のページの図(p.40)には細かい説明がない上に本文中にも図に対する説明がないまま弁1と弁4が閉まっていたとか詳細な説明が書かれています。こういう記載を読むと、読者はどれが弁1でどれが弁4だろうと思うはずです。下の図も、せめてどれが弁1~弁4にあたるのか、日本語で説明をつければそれだけでも少しは違ったと思います。このままではほとんどの読者はよく理解できずストレスがたまるだけだと思います。

(調査報告書 p.39およびp.40より)
同じ第1章の中でも27ページにはベントラインの系統図に下のようなわかりやすい解説を載せてくれているのですから、39ページでも同様の説明を図につけるべきです。(27ページでもMOとAOの違いは?とか解説して欲しいところはありますが)

(調査報告書 p.27より)
もともと私は、この本の第3部(歴史的・構造的要因の分析)、第4部(グローバル・コンテクスト)についてはあまり興味がなく、第1部(事故・被害の経緯)、第2部(原発事故への対応)の内容に期待して購入したので、そういう意味でははっきり言って幻滅でした。政府事故調の報告書は、複雑な原子炉の内部構造についても読者のためにわかりやすい説明があり、一般国民を読者として意識していたのと比べても差が目立ちます。
3.調査報告書のよかった点
あまり文句ばかり言っていてもしかたないので、この調査報告書のよかったところも挙げておきましょう。
(1)最悪シナリオに関する情報
最悪シナリオについては、この報告書が発表される前からネット上ではすでに流れていました。おそらくこの藤崎 良次さんのHPに載っているものがネット上を流れたのだと思いますが、pdf以上の情報はありませんでした。ですが、この調査報告書のp90には、なぜこの「最悪シナリオ」作りが原子力安全委員長の斑目さんではなく原子力委員長の近藤駿介さんに依頼されたのかも書かれていました。私は、なぜここで原子力委員会が出てくるのかがよく理解できていなかったのですが、この調査報告書を読んで理解できました。
簡単にいうと、斑目原子力安全委員長は、「水素爆発はしません」と3月12日朝に原発の視察に向かうヘリの中で菅首相に明言してしまったのにその日のうちに水素爆発が起こってしまい、菅首相から不信感をもたれていたので、近藤原子力委員長に依頼しようということになったようです。
3月22日に斑目原子力安全委員長、近藤原子力委員長、保安院の寺坂院長が首相に呼ばれて、最悪のシナリオ作りをしたい、3日で結論を出して欲しい、という首相の要請に対し、『近藤委員長は、斑目委員長に「あなたはいまとても忙しいから、私のところでやりましょう」と言い、斑目委員長もそれに同意した。』(p.90より)ということだったそうです。
また、3日間でこのシナリオが仕上げるのは、近藤委員長がすでに個人的な勉強会を立ち上げていて、最悪シナリオに似た事を検討していたからだそうです。このような情報は、聞き取り調査をして始めて明らかになった事だと思いますので、これは民間事故調の成果の一つだと思いました。
(2)菅前首相のマネジメントスタイル
これはこの調査報告書が記者会見で発表された時に大きく報道されたために概略は多くの方がご存じだと思いますが、マスメディアが一部だけ切り取って報道しているような内容だけが書かれているわけではありません。この調査報告書には多くのことが記載されています。
・原子力災害対策マニュアルが想定していた現地の緊急事態応急対策拠点施設(オフサイトセンター)が全く機能しなかったために、マニュアル通りのやり方はできなかった。
・本来ならば一番情報を持っていて、こうしたらいい、と提案するはずの保安院にそういう人材が一人もいなかった。
・東京電力が積極的に情報開示をしなかった。
・斑目原子力安全委員長も、水素爆発をしないと断言した数時間後に水素爆発が起こるといった状況で、首相としてはだれを信頼したらいいかわからなかった。
この状況で総理はどう対応できたのか?菅前首相でなくても、その前の1年前後で辞めていった数人の歴代首相達だったらどう対応できたのか?おそらく似たり寄ったりだったのではないでしょうか?
その他、政府事故調の報告書だけではわからなかったことがこの調査報告書を読むとわかることもいくつかあり、どうして本来定められているはずのルートで対応しなかったのだろう?と昨年からずっと思っていた疑問が解けたのも事実です。このあたりも政府事故調の報告書の成果だと感じました。
(3)ソーシャルメディアの役割
この報告書を書店でパラパラと見ていて、ツイッターの果たした役割が記載されていたのも購入しようと思った理由の一つでした。ここでは、東大の早野教授のツイッターでの活躍と、震災後にツイッターでの情報発信を始めた政府や東京電力の情報発信とは何が違ったのか、ということを分析しています。政府の情報発信は一方的であったが、早野先生は双方向の情報発信を行ったことがよかったという分析ですが、その通りだと思います。
(早野教授は)『インタラクティブなやり取りの中に身をおくことで、人々が欲しい情報を的確に汲み取り、それに対するデータを提示できた。これはソーシャルメディアでは発信以上に、情報を受信し、情報をやり取りすることが重要であることを示している。』(p.142より)
早野先生のフォロワーが昨年の3月7日にはわずか2255人だったというのは初めて知りましたが、ビックリでした。
(4)事故の遠因の分析
なぜこの事故が起こったのか、その原因について歴史的・構造的な背景を分析することがこの調査報告書の目的とされています。そういう意味で、第3部、第4部は読みごたえのある内容になっています。ここではあまり細かいことは取り上げません。こういう部分に興味のある方はぜひ読んでみたらいいのではないでしょうか。私のこの報告書に対する関心は後半の第3部、第4部にはなかったので、ザッと流して読んだだけです。
第8章では日本の原子力行政がどのように変遷してきたかをレビューしてくれているのですが、複雑な体制が時代と共に、事件や事故と共に変遷しているので、もう少しわかりやすく図にまとめてくれると良かったと思います。なお、食品の基準値を決めるのに、なぜ文科省の放射線審議会が出てくるのかこれまで私には理解できなかったのですが、旧科技庁系の組織として残っていた放射線審議会なのだということがこれを読んで初めて理解できました。
でも、この報告書にも「できなかったこと」として書かれていますが、マスメディアの事故前に果たしてきた役割、事故後の報道についてももっと突っ込んでまとめて欲しかったと思います。元朝日新聞社の主筆であるからこそ、そこにも突っ込んで調査すべきだったと思います。そうすれば、電力業界とマスコミとの癒着、それによる国民への原発に関する情報の伝え方の偏りについても切り込めたと思います。また、事故後のマスコミ報道や記者会見での質問の仕方についてももっと突っ込んで欲しかったところです。昔の自分の仲間に対しては甘いというのでは、「独立した」を謳い文句にしている民間事故調の名が泣きます。
4.報告書はもう少し時間をかけてから発表してもよかったのではないか?
私が2.で指摘したようなことは、そんな細かいところを突っつかなくても、というご意見も当然あると思います。ただ、今回指摘したような、普通の本が出版されるならば当然チェックされているような点が全くチェックされていないというレベルで無理に出版する必要があったのだろうか?というのが率直な私の感想です。報告書全体として最終的な内容の推敲がほんとうになされたのか、疑問を感じるからです。
今回は、明らかに3.11からの1周年を意識しての発表とその後の「緊急出版」でした。でも、内容としても時間がなくてできなかった部分がある状態で、体裁もいい加減なままで発表するよりも、3月11日に間に合わなくても立派な内容に仕上げてから発表した方がよかったのではないでしょうか?当然ながら、その中には事前に一般国民への配布方法などもしっかりと詰めるということも入っています。
後世に残す、ということを考えていたならば、無理に急いで雑な報告書として出版するよりも、1ヶ月送らせてでもよりよいものにして出版した方が遙かに価値があったと思います。内容としていいものもあるだけに、残念な気がしました。
5.おまけ 明らかな誤植(今後対応をお願いしたい部分)
これまで書いてきたように、あまりにも体裁が統一されていなく、誤植も多かったので、あら探しモードで読んでしまいましたが、気がついた範囲で明らかな誤植を指摘しておきますので、第2版?以降での修正をお願いしたいと思います。当然、ここに記載した以外にもいくつもあると思います。とりあえずは正誤表をつけるとか、HPでもpdfで正誤表を配布してほしいものです。
p.58 第2章第3節 下から10行目 「(詳細は第5節参照)」→第2章には第5節はないので第5章か?
p.120 第4章第1節 下から8行目 「2010年4月」→「2011年4月」
p.160 第5章第2節 まん中あたり 「放水活動を実施した(図3参照)」→「放水活動を実施した(表7参照)」
p.166 第5章第2節 一番上 表6→表7
p.394 最終章 下から6行目 「異常時における日本型行政指導の様相を呈しであり」→「異常時における日本型行政指導の様相を呈しており」
p.133-134 誤植ではないが、白黒の印刷なのに「青がヨウ素、赤が放射線、オレンジが放射能」と書かれてあってもどれだかさっぱりわからない。
その他、2.で指摘した体裁についてもできれば揃えて欲しいと思います。
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