昨年12月のSr汚染水漏れの報告書(4/13):東京電力は何かを隠そうとしているように見える
4/13、東京電力はプレスリリースで「福島第一原子力発電所における淡水化装置(蒸発濃縮装置)からの放射性物質を含む水の漏えい事象に関する指示文書等に対する経済産業省原子力安全・保安院への報告について(続報)」を発表しました。
この報告書、ぜひいろんな方に読んでいただきたいと思います。表面上で見えていることだけを読んでいると、そうかなと思ってしまうのですが、細かく丹念に見ていくと、「?」というポイントがいくつもあります。
今回は謎に迫るところまで行けませんでしたが、いくつかの疑問を提示したいと思います。
1.12/4のSr汚染水漏洩事故の位置づけとその報告書
まず、この報告書は何の事故の報告書かということを整理しておきます。東京電力はあまりに多くの漏洩事故を起こしているので、普通の人にはもうフォローしきれないでしょう。それを整理するのもこのブログの役割と思っています。

これまで、意図的に「低レベル」の汚染水を海洋に放出したのを除くと、5回の漏出事故が起こっています。その中でも一番ひどかったのが昨年4月の2号機からの高濃度汚染水の事故です。その後引き続いて今度は5月に3号機からの高濃度汚染水の漏出事故が起きました。この2回の汚染では、I-131とCs-134、Cs-137が主な放射性物質でした。I-131は半減期が短いので、その影響は比較的早期に収拾しましたが、半減期の長いCs-137による汚染は、いまだに魚介類への汚染につながっています。
その後は比較的順調に行っているかに思えたのですが、昨年の12月に汚染水循環処理システムの中で蒸発濃縮装置というところから海洋汚染が起きました。今回は汚染水循環処理を行ってCs-137がかなり除去されたサンプルなのですが、このシステムでは除去できていないSrが大量に残っている汚染水でした。それがこの報告書に上がっている汚染水による海洋汚染事故です。
今年の2回も、量はやや少ないですが、12月とほぼ同じ性質の汚染水が海に漏れています。
さて、この12/4の事故の報告書、すでに一度、1/31に中間報告をしています。それまでにも、12月の蒸発濃縮装置からストロンチウムを多く含む汚染水が海に流出した事故を受けて以下のように報告が出ています。
12/5 福島第一原子力発電所の淡水化装置(蒸発濃縮装置)からの漏水による放射性物質を含む水の海への流出の評価結果(暫定)について
12/8 「福島第一原子力発電所における蒸発濃縮装置からの放射性物質を含む水の漏えいを踏まえた対応について」(PDF 1.00MB)
これに関連する私のブログ記事
「12/5 放射能汚染水(蒸発濃縮装置)から水漏れ発生!ストロンチウムはどれくらいある?」
「12/7 蒸発濃縮装置からの海へのSrの流出量は150Lで260億Bq!」
「12/21 Srの新たな海への流出に伴う東京電力の海水の全ベータ(とSr)の測定結果」
「1/17 12/4流出の汚染水ストロンチウム濃度やっと発表 Sr-90が1億1000万Bq/L!」
1/31の報告書です。
1/31 福島第一原子力発電所における淡水化装置(蒸発濃縮装置)からの放射性物質を含む水の漏えい事象に関する指示文書等に対する経済産業省原子力安全・保安院への報告について
「福島第一原子力発電所における蒸発濃縮装置からの放射性物質を含む水 の漏えいを踏まえた対応について」(PDF 1.62MB)
これに関連する私のブログ記事
「東京電力の1/31の報告書(12/4のSr海洋流出事故)と海水のSr情報」
そして今回の報告書です。
4/13 「福島第一原子力発電所における淡水化装置(蒸発濃縮装置)からの放射性物質を含む水の漏えい事象に関する指示文書等に対する経済産業省原子力安全・保安院への報告について(続報)」
具体的には下記のpdfに記載があります。
福島第一原子力発電所における蒸発濃縮装置からの放射性物質を含む水の漏えいに係る報告に対する対応について(報告)(PDF 641KB)
なお、同様の資料のリンク集は「東京電力が発表してきた福島第一原発の汚染水情報のまとめ(1)」にありますので興味のある方はどうぞ。
2.報告書の中身-全β核種の測定(及び結果の扱い)に対する疑問
前置きが長くなりました。今回の報告書の目的は、ずばり、Srのデータをサンプリングして測定し、そのデータから海洋汚染の評価をする事です。それ以外の事故の原因や対策については、1/31の報告書とそれに対する私のブログをご覧いただければいいと思います。
ご存じの方も多いと思いますが、Sr(ストロンチウム)の測定には時間がかかります。何故かというと、Srを含む化合物を化学的に分離し、そのβ線を測定するという手間のかかる方法をとっているからです。1ヶ月くらい測定結果が出るのに時間がかかることはよくあります。
今回の報告書も、本来は3/31までに報告するはずだったのですが、データが出なかったために保安院に頼んで期限を4/13まで延ばしてもらっていたものなのです。
Srの測定の代わりに、全β核種の測定(Sr以外も含む)は比較的容易に行われています。今回の報告書の対象である昨年12月、及び今年の3月、4月の漏洩事故では、Cs-137やCs-134はかなり除去されていましたが、Srはほとんど除去されていなかったため、全β核種の測定である程度のSrの予想ができたのです。今回漏えいした汚染水の全β核種のうち、半分近くがSr-89とSr-90であることが今年初めに出た分析結果からすでに判明していました。
このことを頭に入れて、報告書及びデータを見ていく必要があります。
では、福島第一原子力発電所における蒸発濃縮装置からの放射性物質を含む水の漏えいに係る報告に対する対応について(報告)(PDF 641KB)の中のデータを確認していきましょう。
まずはこの下の図(報告書12ページ 図2-2)をご覧下さい。一部私が加筆してあります。

これは、今回の汚染水の直接の流出口の近くにある定点モニタリングポイント(1-4号南放水口)のデータです。ここは、事故に関係なく毎朝必ずサンプリングをされています。
いろんなデータがプロットされていて見にくいかもしれませんが、Cs-134やCs-137は1-10Bq/Lの間でほぼ落ち着いていることがわかります。
一方、今回の汚染水漏えいによって新たに加わった測定としては、全β核種とSr-90、Sr-89があります。Sr-89は半減期が短く、6月頃はSr-89の方が数倍高かったのですが、今となってはSr-90が検出されてもSr-89が検出されないことがあるため、SrについてはSr-90をみればいいと思います。
報告書の本文を抜き出して引用します(5-6ページ)。
『海域への流出経路である一般排水口に近い福島第一南放水口付近で、海域への流出の状況及び流出後の影響を確認するため、漏えい翌日の12月5日~12月31日にかけてγ線核種分析に加えて全β放射能測定を実施した。また、12月5日、6日、10日、24日にはストロンチウム濃度の測定も実施した。
調査の結果は、表2-1及び図2-2に示すとおりであり、セシウム濃度に大きな変動は見られなかったが、全β放射能濃度は、10、11月の結果(検出限界値未満、検出限界値約20Bq/L)と比べて12月5日に780Bq/Lと大きく上昇しており、漏えいによる影響が認められた。ただし、翌日6日には60Bq/Lまで低下し、6日後の12月10日には32Bq/Lとなり、その後はほぼ横這いであった。』
全β核種のデータは、漏洩事故があった翌日の12/5の10:35から測定(780Bq/L)しています。その時のSr-90は400Bq/Lです(下の表を参照)。このデータは、「12月5日」と書かれて上の図にプロットしてあります。


ここでの疑問点:
(1)何故事故は12/4の11:30-15:30頃に起こったと予想されるのに、12/4の夕方のサンプリングにおいて全β核種及びSr-90の測定を行わないのか?
(2)どうして全β核種の値がいつまで経っても20-30Bq/Lから低下しないのにいかにも福島第一原発事故前にまで低下したと誤解させるような書き方をするのか?
それでは、(1)、(2)について順番に見ていきます。
(1)については、東京電力が12/6に発表した資料において、同じ1-4号南放水口付近の水を12/4 17:05にサンプリングしています。事故があって直後のサンプリングですから貴重なデータになるはずですので、当然この時に海にまで流出しているのかどうかを全β核種及びSrの確認をすべきです。
しかしながら、12/6の発表の時点(下の図)では全β核種の測定はしていません(「-」は測定していないことを示す)し、その後もやったという報告がありません。同じ頃(12/4 17:25)にサンプリングした排水路下流の全β核種は測定しているにも関わらず、なぜ南放水口の測定をやらないのでしょうか。この報告書では、そのデータすら掲載していません。一度12/6に公表しているにもかかわらず、ですよ。

このデータ(12/4 17:05の全β核種)を測定しないということは、一番汚染が高いと予想される時点のデータを意図的に測定せずにデータを出さなかった、という可能性が考えられます。後で示すように、一度測定したサンプルを再測定するということもわざわざ行っているのに、このサンプルはその対象外になっているのです。何かおかしいと思いませんか?

ただ、先ほどのグラフをもう一度示しますが、このグラフをよく見ると、全β核種のデータで12/4頃にある緑の●で1000Bq/Lを超えているものがあります。そのすぐ右下の緑の●が12/5の10:35の780Bq/Lにほぼ合っていますので、これを見る限り東京電力はやはり12/4の17:05の全β核種のデータは測定していた(約1300-2000Bq/L程度)可能性が高いのです。しかしながら、それをこれまでの報告には結果としては記載しなかった。ただ、今回の報告書において、うっかり社内用のグラフからデータを削除するのを忘れた、という可能性が一つ考えられます。もちろん、これは単なる推測です。
いずれにせよ、漏えい直後という一番気になるはずのサンプルに対して、簡単に測定できる全β核種の測定を敢えてしなかったか、測定したけどデータを公表しなかったかのどちらかであるのは間違いないわけで、東京電力の不作為(或いは隠蔽?)については追求されてしかるべきと思います。
(2)については、報告書に記載の『ただし、翌日6日には60Bq/Lまで低下し、6日後の12月10日には32Bq/Lとなり、その後はほぼ横這いであった。』というのは現象として決して間違った記載ではありません。ここにはウソは記載してありません。しかし、このあと述べる事と合わせると、東京電力は20-30Bq/Lというレベルは「通常レベル」という認識を持っていることがわかります。
まず、全β核種の20-30Bq/Lというのが通常のレベルかというとそんなことは全くありません。
福島県の資料(原子力発電所周辺環境放射能測定結果の評価結果)から、原発事故の1年前の報告書(6ページ)を確認してみます。平成22年1-3月ということなので、ちょうど事故の1年前のデータです。

ここに(単位が文字化けして表示されていませんがBq/Lです。10ページの表で確認できます)はっきりと書いてあるように、海水の全β核種は通常レベルでは0.01-0.04Bq/Lなのです。
少なくとも12月の漏洩事故の後では、通常レベルの1000倍近い全β核種が観測されており、2月までそれが続いているのです。
今回の報告書の16ページには、過去のサンプリングしたサンプルについても追加で全βの測定を行い、その結果を見てサンプルを選択してSrの測定を行っています。これはSrの測定をできる数が限られているからです。

ここで私が絶対に見逃せないのが、12/11の小高区沖合3kmと12/31の福島第一南放水口の全β核種の測定結果で、数値が観測されているにもかかわらず「通常レベルであり対象外」と記載があることです。対象外というのは、このあとのSrの測定の対象外ということです。
先ほどデータを示したように、海水の全β核種の「通常レベル」は0.01-0.04Bq/Lであり、20-25Bq/Lというのは絶対に「通常レベル」ではありません。こういうことを平然と書けるというのは東京電力が海洋汚染に対してどう考えているのかを如実に表していると思います。福島第一原発事故後のレベル(事故前の1000倍)を「通常レベル」と平然と言っているのです。
だから、報告書で「6日後の12月10日には32Bq/Lとなり、その後はほぼ横這いであった。」と書いているのも、彼らにとっては通常レベルに戻ったから問題ない、という事なのでしょう。
ちなみに、現在東京電力が行っている全β核種の検出限界は、日によって違いますが、大体20Bq/L程度です。従って、20Bq/Lの場合、検出されたりしなかったりするギリギリの濃度なのです。
Srの測定は大量にできないため、12/31の福島第一南放水口については、数値の高かった12/24のサンプルで代用したとあるのでまだ仕方がない部分もありますが、12/11の小高区沖合3kmに関しては、「通常レベルであり対象外」という理由でSrを測定しなかったのでは納得できません。測定サンプルの数に制限があるため、と記載してあればまだ許せます。
全βの測定、及びその結果の解釈について納得しがたい表現がいくつもあったために、肝心のSrのデータの話に行き着きませんでした。今日示したグラフで、Sr-90のデータだけを見ると、確かに急速に海流で拡散して、12/24頃には元のレベルに戻っているように見えます。しかし、全β核種のデータの取扱いに関する不誠実さを見ると、このSrのデータを素直に受け取っていいものかどうか、私は疑問に感じています。
また、全βの値からSrのデータを推測できると思っていたのですが、今回のデータが正しいとすると、必ずしもそれも言えないような気がします。そのあたりも、どこまで今回の情報を信じていいのか、判断に迷う理由の一つです。
繰り返しになりますが、今回の漏えい事故が12/4の11:30-15:30の間に起こったというならば、12/4 17:05には南放水口でサンプリングを行っている(12/4の朝は悪天候でサンプリングされていませんでした)のですから、そのサンプルについて全β核種のデータを測定しようとする事は事故の影響を確認するためには必須です。それすらやらないというのは、実はこの漏洩事故はもっと前から起こっていたのではないか?それを隠すために都合の悪いデータは敢えて測定していないのでは?という疑問を提起させるものです。
興味のある方は、コンタンさんのtogetter
「12/4の汚染水流出は何リットルだったのか?:アームチェア探偵の推理」
もお読み下さい。とにかくこの漏洩事故に関しては何かを隠しているのではないか?という感じがします。少なくとも、この報告書においては、これまでに測定されて公表された(12/4 17:05のサンプルのような)データが意図的に除外されているのは間違いありません。一番キーになるデータを除外して報告書を組み立てるというのは、誠実な対応からはほど遠いと思います。
この報告書のまとめに関しては、途中の段階ですが保留とさせていただきます。いずれ3月、4月の漏洩事故の報告書も出てくるでしょうから、その際にでもまとめるかもしれません。
まず、この報告書は何の事故の報告書かということを整理しておきます。東京電力はあまりに多くの漏洩事故を起こしているので、普通の人にはもうフォローしきれないでしょう。それを整理するのもこのブログの役割と思っています。

これまで、意図的に「低レベル」の汚染水を海洋に放出したのを除くと、5回の漏出事故が起こっています。その中でも一番ひどかったのが昨年4月の2号機からの高濃度汚染水の事故です。その後引き続いて今度は5月に3号機からの高濃度汚染水の漏出事故が起きました。この2回の汚染では、I-131とCs-134、Cs-137が主な放射性物質でした。I-131は半減期が短いので、その影響は比較的早期に収拾しましたが、半減期の長いCs-137による汚染は、いまだに魚介類への汚染につながっています。
その後は比較的順調に行っているかに思えたのですが、昨年の12月に汚染水循環処理システムの中で蒸発濃縮装置というところから海洋汚染が起きました。今回は汚染水循環処理を行ってCs-137がかなり除去されたサンプルなのですが、このシステムでは除去できていないSrが大量に残っている汚染水でした。それがこの報告書に上がっている汚染水による海洋汚染事故です。
今年の2回も、量はやや少ないですが、12月とほぼ同じ性質の汚染水が海に漏れています。
さて、この12/4の事故の報告書、すでに一度、1/31に中間報告をしています。それまでにも、12月の蒸発濃縮装置からストロンチウムを多く含む汚染水が海に流出した事故を受けて以下のように報告が出ています。
12/5 福島第一原子力発電所の淡水化装置(蒸発濃縮装置)からの漏水による放射性物質を含む水の海への流出の評価結果(暫定)について
12/8 「福島第一原子力発電所における蒸発濃縮装置からの放射性物質を含む水の漏えいを踏まえた対応について」(PDF 1.00MB)
これに関連する私のブログ記事
「12/5 放射能汚染水(蒸発濃縮装置)から水漏れ発生!ストロンチウムはどれくらいある?」
「12/7 蒸発濃縮装置からの海へのSrの流出量は150Lで260億Bq!」
「12/21 Srの新たな海への流出に伴う東京電力の海水の全ベータ(とSr)の測定結果」
「1/17 12/4流出の汚染水ストロンチウム濃度やっと発表 Sr-90が1億1000万Bq/L!」
1/31の報告書です。
1/31 福島第一原子力発電所における淡水化装置(蒸発濃縮装置)からの放射性物質を含む水の漏えい事象に関する指示文書等に対する経済産業省原子力安全・保安院への報告について
「福島第一原子力発電所における蒸発濃縮装置からの放射性物質を含む水 の漏えいを踏まえた対応について」(PDF 1.62MB)
これに関連する私のブログ記事
「東京電力の1/31の報告書(12/4のSr海洋流出事故)と海水のSr情報」
そして今回の報告書です。
4/13 「福島第一原子力発電所における淡水化装置(蒸発濃縮装置)からの放射性物質を含む水の漏えい事象に関する指示文書等に対する経済産業省原子力安全・保安院への報告について(続報)」
具体的には下記のpdfに記載があります。
福島第一原子力発電所における蒸発濃縮装置からの放射性物質を含む水の漏えいに係る報告に対する対応について(報告)(PDF 641KB)
なお、同様の資料のリンク集は「東京電力が発表してきた福島第一原発の汚染水情報のまとめ(1)」にありますので興味のある方はどうぞ。
2.報告書の中身-全β核種の測定(及び結果の扱い)に対する疑問
前置きが長くなりました。今回の報告書の目的は、ずばり、Srのデータをサンプリングして測定し、そのデータから海洋汚染の評価をする事です。それ以外の事故の原因や対策については、1/31の報告書とそれに対する私のブログをご覧いただければいいと思います。
ご存じの方も多いと思いますが、Sr(ストロンチウム)の測定には時間がかかります。何故かというと、Srを含む化合物を化学的に分離し、そのβ線を測定するという手間のかかる方法をとっているからです。1ヶ月くらい測定結果が出るのに時間がかかることはよくあります。
今回の報告書も、本来は3/31までに報告するはずだったのですが、データが出なかったために保安院に頼んで期限を4/13まで延ばしてもらっていたものなのです。
Srの測定の代わりに、全β核種の測定(Sr以外も含む)は比較的容易に行われています。今回の報告書の対象である昨年12月、及び今年の3月、4月の漏洩事故では、Cs-137やCs-134はかなり除去されていましたが、Srはほとんど除去されていなかったため、全β核種の測定である程度のSrの予想ができたのです。今回漏えいした汚染水の全β核種のうち、半分近くがSr-89とSr-90であることが今年初めに出た分析結果からすでに判明していました。
このことを頭に入れて、報告書及びデータを見ていく必要があります。
では、福島第一原子力発電所における蒸発濃縮装置からの放射性物質を含む水の漏えいに係る報告に対する対応について(報告)(PDF 641KB)の中のデータを確認していきましょう。
まずはこの下の図(報告書12ページ 図2-2)をご覧下さい。一部私が加筆してあります。

これは、今回の汚染水の直接の流出口の近くにある定点モニタリングポイント(1-4号南放水口)のデータです。ここは、事故に関係なく毎朝必ずサンプリングをされています。
いろんなデータがプロットされていて見にくいかもしれませんが、Cs-134やCs-137は1-10Bq/Lの間でほぼ落ち着いていることがわかります。
一方、今回の汚染水漏えいによって新たに加わった測定としては、全β核種とSr-90、Sr-89があります。Sr-89は半減期が短く、6月頃はSr-89の方が数倍高かったのですが、今となってはSr-90が検出されてもSr-89が検出されないことがあるため、SrについてはSr-90をみればいいと思います。
報告書の本文を抜き出して引用します(5-6ページ)。
『海域への流出経路である一般排水口に近い福島第一南放水口付近で、海域への流出の状況及び流出後の影響を確認するため、漏えい翌日の12月5日~12月31日にかけてγ線核種分析に加えて全β放射能測定を実施した。また、12月5日、6日、10日、24日にはストロンチウム濃度の測定も実施した。
調査の結果は、表2-1及び図2-2に示すとおりであり、セシウム濃度に大きな変動は見られなかったが、全β放射能濃度は、10、11月の結果(検出限界値未満、検出限界値約20Bq/L)と比べて12月5日に780Bq/Lと大きく上昇しており、漏えいによる影響が認められた。ただし、翌日6日には60Bq/Lまで低下し、6日後の12月10日には32Bq/Lとなり、その後はほぼ横這いであった。』
全β核種のデータは、漏洩事故があった翌日の12/5の10:35から測定(780Bq/L)しています。その時のSr-90は400Bq/Lです(下の表を参照)。このデータは、「12月5日」と書かれて上の図にプロットしてあります。


ここでの疑問点:
(1)何故事故は12/4の11:30-15:30頃に起こったと予想されるのに、12/4の夕方のサンプリングにおいて全β核種及びSr-90の測定を行わないのか?
(2)どうして全β核種の値がいつまで経っても20-30Bq/Lから低下しないのにいかにも福島第一原発事故前にまで低下したと誤解させるような書き方をするのか?
それでは、(1)、(2)について順番に見ていきます。
(1)については、東京電力が12/6に発表した資料において、同じ1-4号南放水口付近の水を12/4 17:05にサンプリングしています。事故があって直後のサンプリングですから貴重なデータになるはずですので、当然この時に海にまで流出しているのかどうかを全β核種及びSrの確認をすべきです。
しかしながら、12/6の発表の時点(下の図)では全β核種の測定はしていません(「-」は測定していないことを示す)し、その後もやったという報告がありません。同じ頃(12/4 17:25)にサンプリングした排水路下流の全β核種は測定しているにも関わらず、なぜ南放水口の測定をやらないのでしょうか。この報告書では、そのデータすら掲載していません。一度12/6に公表しているにもかかわらず、ですよ。

このデータ(12/4 17:05の全β核種)を測定しないということは、一番汚染が高いと予想される時点のデータを意図的に測定せずにデータを出さなかった、という可能性が考えられます。後で示すように、一度測定したサンプルを再測定するということもわざわざ行っているのに、このサンプルはその対象外になっているのです。何かおかしいと思いませんか?

ただ、先ほどのグラフをもう一度示しますが、このグラフをよく見ると、全β核種のデータで12/4頃にある緑の●で1000Bq/Lを超えているものがあります。そのすぐ右下の緑の●が12/5の10:35の780Bq/Lにほぼ合っていますので、これを見る限り東京電力はやはり12/4の17:05の全β核種のデータは測定していた(約1300-2000Bq/L程度)可能性が高いのです。しかしながら、それをこれまでの報告には結果としては記載しなかった。ただ、今回の報告書において、うっかり社内用のグラフからデータを削除するのを忘れた、という可能性が一つ考えられます。もちろん、これは単なる推測です。
いずれにせよ、漏えい直後という一番気になるはずのサンプルに対して、簡単に測定できる全β核種の測定を敢えてしなかったか、測定したけどデータを公表しなかったかのどちらかであるのは間違いないわけで、東京電力の不作為(或いは隠蔽?)については追求されてしかるべきと思います。
(2)については、報告書に記載の『ただし、翌日6日には60Bq/Lまで低下し、6日後の12月10日には32Bq/Lとなり、その後はほぼ横這いであった。』というのは現象として決して間違った記載ではありません。ここにはウソは記載してありません。しかし、このあと述べる事と合わせると、東京電力は20-30Bq/Lというレベルは「通常レベル」という認識を持っていることがわかります。
まず、全β核種の20-30Bq/Lというのが通常のレベルかというとそんなことは全くありません。
福島県の資料(原子力発電所周辺環境放射能測定結果の評価結果)から、原発事故の1年前の報告書(6ページ)を確認してみます。平成22年1-3月ということなので、ちょうど事故の1年前のデータです。

ここに(単位が文字化けして表示されていませんがBq/Lです。10ページの表で確認できます)はっきりと書いてあるように、海水の全β核種は通常レベルでは0.01-0.04Bq/Lなのです。
少なくとも12月の漏洩事故の後では、通常レベルの1000倍近い全β核種が観測されており、2月までそれが続いているのです。
今回の報告書の16ページには、過去のサンプリングしたサンプルについても追加で全βの測定を行い、その結果を見てサンプルを選択してSrの測定を行っています。これはSrの測定をできる数が限られているからです。

ここで私が絶対に見逃せないのが、12/11の小高区沖合3kmと12/31の福島第一南放水口の全β核種の測定結果で、数値が観測されているにもかかわらず「通常レベルであり対象外」と記載があることです。対象外というのは、このあとのSrの測定の対象外ということです。
先ほどデータを示したように、海水の全β核種の「通常レベル」は0.01-0.04Bq/Lであり、20-25Bq/Lというのは絶対に「通常レベル」ではありません。こういうことを平然と書けるというのは東京電力が海洋汚染に対してどう考えているのかを如実に表していると思います。福島第一原発事故後のレベル(事故前の1000倍)を「通常レベル」と平然と言っているのです。
だから、報告書で「6日後の12月10日には32Bq/Lとなり、その後はほぼ横這いであった。」と書いているのも、彼らにとっては通常レベルに戻ったから問題ない、という事なのでしょう。
ちなみに、現在東京電力が行っている全β核種の検出限界は、日によって違いますが、大体20Bq/L程度です。従って、20Bq/Lの場合、検出されたりしなかったりするギリギリの濃度なのです。
Srの測定は大量にできないため、12/31の福島第一南放水口については、数値の高かった12/24のサンプルで代用したとあるのでまだ仕方がない部分もありますが、12/11の小高区沖合3kmに関しては、「通常レベルであり対象外」という理由でSrを測定しなかったのでは納得できません。測定サンプルの数に制限があるため、と記載してあればまだ許せます。
全βの測定、及びその結果の解釈について納得しがたい表現がいくつもあったために、肝心のSrのデータの話に行き着きませんでした。今日示したグラフで、Sr-90のデータだけを見ると、確かに急速に海流で拡散して、12/24頃には元のレベルに戻っているように見えます。しかし、全β核種のデータの取扱いに関する不誠実さを見ると、このSrのデータを素直に受け取っていいものかどうか、私は疑問に感じています。
また、全βの値からSrのデータを推測できると思っていたのですが、今回のデータが正しいとすると、必ずしもそれも言えないような気がします。そのあたりも、どこまで今回の情報を信じていいのか、判断に迷う理由の一つです。
繰り返しになりますが、今回の漏えい事故が12/4の11:30-15:30の間に起こったというならば、12/4 17:05には南放水口でサンプリングを行っている(12/4の朝は悪天候でサンプリングされていませんでした)のですから、そのサンプルについて全β核種のデータを測定しようとする事は事故の影響を確認するためには必須です。それすらやらないというのは、実はこの漏洩事故はもっと前から起こっていたのではないか?それを隠すために都合の悪いデータは敢えて測定していないのでは?という疑問を提起させるものです。
興味のある方は、コンタンさんのtogetter
「12/4の汚染水流出は何リットルだったのか?:アームチェア探偵の推理」
もお読み下さい。とにかくこの漏洩事故に関しては何かを隠しているのではないか?という感じがします。少なくとも、この報告書においては、これまでに測定されて公表された(12/4 17:05のサンプルのような)データが意図的に除外されているのは間違いありません。一番キーになるデータを除外して報告書を組み立てるというのは、誠実な対応からはほど遠いと思います。
この報告書のまとめに関しては、途中の段階ですが保留とさせていただきます。いずれ3月、4月の漏洩事故の報告書も出てくるでしょうから、その際にでもまとめるかもしれません。
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