2号機からの海洋漏洩はいつ始まったのか?(1)シミュレーションからの推定
今回から昨年4月の2号機からの漏洩事故について、その放出量がどれくらいだったのかという疑問に何回かに分けて迫っていきたいと思います。
「福島第一原発事故で海洋に流出した放射性セシウム量は全体のわずか2%?」でご紹介したように、今年の3/6に「福島第一原子力発電所事故による環境放出と拡散プロセスの再構築」という公開ワークショップが開催されました。
ここでは、その中で私が一番気に入っている海洋汚染のシミュレーションをご紹介します。電中研の津旨さんらのシミュレーションです。実はこのシミュレーションについては一度「10/11 2号機から海洋への放射能の流出は3月下旬から始まっていた?」でも書いているのですが、その時にはまだ詳細な発表がなかったため、あまりこのシミュレーションの意味を理解できていませんでした。
その後、日本語の文献も発表され、今回の3/6のワークショップでの発表も合わせると、より説得力が増しているように思います。このシミュレーションだけではないのですが、各種シミュレーションの結論の一つである「2号機から海洋への漏えいは昨年の3月26日頃から始まっていた」、という主張が正しいのかどうか、何回かに分けて検証をしてみたいと思います。
まず、この電力中央研究所の津旨さんの日本語の論文をご紹介します。全文は左のリンクで「報告書全文」というリンクからどうぞ。今年3/6のワークショップでの発表はこちらのスライドです。どちらもほぼ同じような内容なので、新しいワークショップの発表を中心にここでは紹介します。
なぜこの津旨さんの論文がいいかというと、コンピューターを用いたシミュレーションも行っているのですが、基本的な分析の考え方は、非常に簡単な原理でなされているため、誰でも容易に理解し、確認しうるものだからです。
この論文では、まず『観測されたI-131/Cs-137放射能比の分析によって、大気からの降下と直接漏洩の影響を区別』し、次に『輸送拡散シミュレーション結果と観測値を比較することによって、137Csの直接漏洩シナリオおよび漏洩量を推定』します。そして『福島沖における137Cs分布の再現シミュレーションを行い、観測結果と比較することによって、実態把握に資する。』という3つのステップを取っています。
この第一ステップのI-131/Cs-137比の分析というのが、非常に簡単な手法でありながら、指摘されないと気がつかないもので、私はこれを読んだ時、目からうろこが落ちたような気がしました。

例えば、福島第一原発近傍には上の図に示すように、5-6号放水口北と1-4号南放水口という二つのモニタリングポイントがあり、昨年の3月下旬から毎日サンプリングがされてきています。そのデータ(Cs-137)をプロットしたのが下のグラフです。

(ワークショップのスライドより)
しかし、上のグラフのように、Cs-137だけのグラフを描いてみてもその特徴は見えてきません。私は自分でも上と同じようなグラフは描いていましたが、そこに潜んでいた関係はわかりませんでした。
ところが、同じ測定データを用いて、I-131/Cs-137の比をグラフ上にプロットすると、下のグラフのようにどちらのモニタリングポイントのデータも緑色の線上付近に集まってきて、非常にきれいな関係が見えてきます。

(ワークショップのスライドより)
これは、公表されている3/26の2号機タービン建屋の溜まり水のデータがI-131:1.3×10^7 Bq/cm3、Cs-137:2.3×10^6 Bq/cm3であり、I-131/Cs-137の比が約5.7であるため、その日のI-131/Cs-137の比を元に半減期8日で減衰する直線を引いたのが緑色の線になります。
Cs-137の半減期は約30年ですので、2-3ヶ月であれば減衰はほぼ無視できます。一方、I-131は半減期が8日ですので、3/26にI-131/Cs-137の比が5.7であった2号機タービン建屋由来の水であれば、I-131/Cs-137の比が緑の線のようにドンドン減っていくはずです。
実際のデータでI-131/Cs-137の比を確認すると、3/26のデータは、5-6号放水口北では、I-131:29000Bq/L、Cs-137:5100Bq/LでI-131/Cs-137=5.7、1-4号南放水口では、I-131:30000Bq/L、Cs-137:4800Bq/LでI-131/Cs-137=6.3と、ほぼ5.7に近い数値になっています。一方、それ以前の測定では、下に示すようにI-131/Cs-137比が5.7を上回ったり下回ったりしています。
3/25はCs-137の絶対量も10倍以上に増えているためにこの日から漏洩が始まっている可能性もあるのですが、後に述べる福島第二原発付近のデータとの兼ね合いから3/26としたのではないのでしょうか。

3/21のデータはここ。3/22のデータはここ。3/23のデータはここ。3/24のデータはここ。3/25のデータはここ。3/26のデータはここ。3/27のデータはここ。
津旨さんの論文の説明によると、大気中へ放出された分が沈着する際には、Cs-137は粒子態を取るのにI-131はガス態も粒子態もあるため、空中の輸送の形態が異なり、I-131の海洋に落ちる時期は変動します。それは早くなることも遅くなることもありうるため、大気からの沈着の場合は、I-131/Cs-137比が5.7を上回ることも下回ることもあるということです。
このI-131/Cs-137比が緑色の線上に乗るのが3/26以降であるというデータから、津旨さんの論文では、直接漏洩による海洋汚染は3/26から始まっているという仮説を立てています。
同様に、福島第二原発及び岩沢海岸の2カ所でのデータもプロットしてみると、下図のようになります。

(ワークショップのスライドより)
こちらのデータの方がよりはっきりとわかると思います。I-131/Cs-137比をプロットした下のグラフでは、3/27以降とそれ以前で、先ほどの緑の線(3/26に5.7でその後は半減期8日で減っていく線)に乗るかどうかがはっきり分かれます。これらのデータから、津旨さん達は3/26に直接漏洩が始まったという事を言っています。こちらが一日または二日遅いのは、福島第一原発から南に10km以上離れているためです。福島第二原発付近は約10km、岩沢海岸は約16km離れています。
福島第二原発付近は3/27から、岩沢海岸付近は3/28から急に数値が上がると共に、I-131/Cs-137比が5.7に近くなっている事からも、3/26に漏洩したCs-137が福島第二原発付近には3/27、岩沢海岸付近には3/28に到着したことが読み取れます。

ちなみに、3/26の福島第二原発付近のデータはこちら。3/27のデータはこちらです。岩沢海岸付近のデータはこちら、3/27のデータはこちら、3/28のデータはこちらにあります。
さらに同じ解析を、文科省の沖合30kmのデータでも行ったところ、4/9以降のデータでは同じ3/26にI-131/Cs-137比が5.7の線上にきれいに乗ってくることがわかり、この線上に乗ってくるデータは同じ直接漏洩による海洋汚染の結果であることを強く示唆していました。
沿岸流に乗って南に移動するのは1日10km程度移動できるが、30km沖合にまで拡散するのにはかなりの時間がかかるということのようです。

(ワークショップのスライドより)
その後、このシミュレーションでは、モデルを用いて直接漏洩量がどれくらいなのか、という推定をしています。その際、実際の観測データと、シミュレーションの結果を比較しています。シミュレーションのモデルは複雑なので私にもわからないため省略しますが、シミュレーションの結果、以下のような推定ができました。
つまり、3/26から、大量の水漏れを止めることができた4/6までと、そのあと4/7-26までと、それ以降という3つの時期に分けて放出量が変化したと仮定しました。
この仮定で重要なことは、量は減っているものの4/7以降も海洋への放出が続いていたという事です。

(ワークショップのスライドより)
この仮定に基づいて求めたシミュレーション結果は、実際の福島第一原発近くの5-6放水口北と、1-4号南放水口の2地点のデータと良く合致することがわかりました。下のグラフで、緑色の線がシミュレーション結果、青が1-4号南放水口、赤が5-6号放水口北の実測値です。確かに緑色の線と赤や青の点は、特に4月7日以降はきれいに一致するということがわかります。

そこで、このシミュレーションに沿って直接漏洩量を推定すると、下記のようにCs-137で約3.5PBqという計算が出てくるのです。

(ワークショップのスライドより)
前回「(1)福島原発事故で海洋に流出した放射能の量よりも残った放射能汚染水の量の方がずっと多い!」で示したように、他のいくつかのシミュレーション結果もほぼCs-137で3-5PBqという結果となっており、東京電力の発表した0.94PBqよりも、この結果が真実に近いことが予想できます。
このシミュレーション結果を福島第二原発付近のデータや、30km沖合のデータと比較すると、下の図のようにやや低めに予想しているものの、大きくずれてはいないことが確認できています。福島第一原発付近よりも精度が落ちるのは複雑な海流を正確には表現しきれないためで、それでも数倍のズレで収まっているので、かなりのものだと思いました。


(ワークショップのスライドより)
今回ご紹介した、津旨さんの論文では、海洋への直接漏洩量を推定しているのですが、その前提として二つの重要な仮定があります。
(1)2号機からの直接漏洩が始まったのは3/26である。
(2)4/6に見かけ上の漏洩が収まった以降も、量は減っているものの直接漏洩は続いている。
海水のモニタリングデータを見る限り、この仮定に基づいた津旨さん達のシミュレーションで、測定結果をかなりの部分は説明できるような気がします。
それに対して東京電力は、2号機からの直接漏洩は4/1-4/6までで、それに基づいてCs-137の漏洩量は0.94PBqと言っているわけですが、漏洩していた期間がそれ以外にもあるとなると、当然のことながら漏洩量はずっと多くなります。ある意味東京電力の計算は最低限の見積もりを計算した数値と言ってもいいかもしれません。
では、海洋への直接漏洩はいったいいつから起こり、また4/7以降も起こっていた(いる?)のでしょうか?
この2点に関して、次回からは私自身の分析で、他の視点から検証してみたいと思います。お楽しみに。
次に続く 目次へ戻る
なぜこの津旨さんの論文がいいかというと、コンピューターを用いたシミュレーションも行っているのですが、基本的な分析の考え方は、非常に簡単な原理でなされているため、誰でも容易に理解し、確認しうるものだからです。
この論文では、まず『観測されたI-131/Cs-137放射能比の分析によって、大気からの降下と直接漏洩の影響を区別』し、次に『輸送拡散シミュレーション結果と観測値を比較することによって、137Csの直接漏洩シナリオおよび漏洩量を推定』します。そして『福島沖における137Cs分布の再現シミュレーションを行い、観測結果と比較することによって、実態把握に資する。』という3つのステップを取っています。
この第一ステップのI-131/Cs-137比の分析というのが、非常に簡単な手法でありながら、指摘されないと気がつかないもので、私はこれを読んだ時、目からうろこが落ちたような気がしました。

例えば、福島第一原発近傍には上の図に示すように、5-6号放水口北と1-4号南放水口という二つのモニタリングポイントがあり、昨年の3月下旬から毎日サンプリングがされてきています。そのデータ(Cs-137)をプロットしたのが下のグラフです。

(ワークショップのスライドより)
しかし、上のグラフのように、Cs-137だけのグラフを描いてみてもその特徴は見えてきません。私は自分でも上と同じようなグラフは描いていましたが、そこに潜んでいた関係はわかりませんでした。
ところが、同じ測定データを用いて、I-131/Cs-137の比をグラフ上にプロットすると、下のグラフのようにどちらのモニタリングポイントのデータも緑色の線上付近に集まってきて、非常にきれいな関係が見えてきます。

(ワークショップのスライドより)
これは、公表されている3/26の2号機タービン建屋の溜まり水のデータがI-131:1.3×10^7 Bq/cm3、Cs-137:2.3×10^6 Bq/cm3であり、I-131/Cs-137の比が約5.7であるため、その日のI-131/Cs-137の比を元に半減期8日で減衰する直線を引いたのが緑色の線になります。
Cs-137の半減期は約30年ですので、2-3ヶ月であれば減衰はほぼ無視できます。一方、I-131は半減期が8日ですので、3/26にI-131/Cs-137の比が5.7であった2号機タービン建屋由来の水であれば、I-131/Cs-137の比が緑の線のようにドンドン減っていくはずです。
実際のデータでI-131/Cs-137の比を確認すると、3/26のデータは、5-6号放水口北では、I-131:29000Bq/L、Cs-137:5100Bq/LでI-131/Cs-137=5.7、1-4号南放水口では、I-131:30000Bq/L、Cs-137:4800Bq/LでI-131/Cs-137=6.3と、ほぼ5.7に近い数値になっています。一方、それ以前の測定では、下に示すようにI-131/Cs-137比が5.7を上回ったり下回ったりしています。
3/25はCs-137の絶対量も10倍以上に増えているためにこの日から漏洩が始まっている可能性もあるのですが、後に述べる福島第二原発付近のデータとの兼ね合いから3/26としたのではないのでしょうか。

3/21のデータはここ。3/22のデータはここ。3/23のデータはここ。3/24のデータはここ。3/25のデータはここ。3/26のデータはここ。3/27のデータはここ。
津旨さんの論文の説明によると、大気中へ放出された分が沈着する際には、Cs-137は粒子態を取るのにI-131はガス態も粒子態もあるため、空中の輸送の形態が異なり、I-131の海洋に落ちる時期は変動します。それは早くなることも遅くなることもありうるため、大気からの沈着の場合は、I-131/Cs-137比が5.7を上回ることも下回ることもあるということです。
このI-131/Cs-137比が緑色の線上に乗るのが3/26以降であるというデータから、津旨さんの論文では、直接漏洩による海洋汚染は3/26から始まっているという仮説を立てています。
同様に、福島第二原発及び岩沢海岸の2カ所でのデータもプロットしてみると、下図のようになります。

(ワークショップのスライドより)
こちらのデータの方がよりはっきりとわかると思います。I-131/Cs-137比をプロットした下のグラフでは、3/27以降とそれ以前で、先ほどの緑の線(3/26に5.7でその後は半減期8日で減っていく線)に乗るかどうかがはっきり分かれます。これらのデータから、津旨さん達は3/26に直接漏洩が始まったという事を言っています。こちらが一日または二日遅いのは、福島第一原発から南に10km以上離れているためです。福島第二原発付近は約10km、岩沢海岸は約16km離れています。
福島第二原発付近は3/27から、岩沢海岸付近は3/28から急に数値が上がると共に、I-131/Cs-137比が5.7に近くなっている事からも、3/26に漏洩したCs-137が福島第二原発付近には3/27、岩沢海岸付近には3/28に到着したことが読み取れます。

ちなみに、3/26の福島第二原発付近のデータはこちら。3/27のデータはこちらです。岩沢海岸付近のデータはこちら、3/27のデータはこちら、3/28のデータはこちらにあります。
さらに同じ解析を、文科省の沖合30kmのデータでも行ったところ、4/9以降のデータでは同じ3/26にI-131/Cs-137比が5.7の線上にきれいに乗ってくることがわかり、この線上に乗ってくるデータは同じ直接漏洩による海洋汚染の結果であることを強く示唆していました。
沿岸流に乗って南に移動するのは1日10km程度移動できるが、30km沖合にまで拡散するのにはかなりの時間がかかるということのようです。

(ワークショップのスライドより)
その後、このシミュレーションでは、モデルを用いて直接漏洩量がどれくらいなのか、という推定をしています。その際、実際の観測データと、シミュレーションの結果を比較しています。シミュレーションのモデルは複雑なので私にもわからないため省略しますが、シミュレーションの結果、以下のような推定ができました。
つまり、3/26から、大量の水漏れを止めることができた4/6までと、そのあと4/7-26までと、それ以降という3つの時期に分けて放出量が変化したと仮定しました。
この仮定で重要なことは、量は減っているものの4/7以降も海洋への放出が続いていたという事です。

(ワークショップのスライドより)
この仮定に基づいて求めたシミュレーション結果は、実際の福島第一原発近くの5-6放水口北と、1-4号南放水口の2地点のデータと良く合致することがわかりました。下のグラフで、緑色の線がシミュレーション結果、青が1-4号南放水口、赤が5-6号放水口北の実測値です。確かに緑色の線と赤や青の点は、特に4月7日以降はきれいに一致するということがわかります。

そこで、このシミュレーションに沿って直接漏洩量を推定すると、下記のようにCs-137で約3.5PBqという計算が出てくるのです。

(ワークショップのスライドより)
前回「(1)福島原発事故で海洋に流出した放射能の量よりも残った放射能汚染水の量の方がずっと多い!」で示したように、他のいくつかのシミュレーション結果もほぼCs-137で3-5PBqという結果となっており、東京電力の発表した0.94PBqよりも、この結果が真実に近いことが予想できます。
このシミュレーション結果を福島第二原発付近のデータや、30km沖合のデータと比較すると、下の図のようにやや低めに予想しているものの、大きくずれてはいないことが確認できています。福島第一原発付近よりも精度が落ちるのは複雑な海流を正確には表現しきれないためで、それでも数倍のズレで収まっているので、かなりのものだと思いました。


(ワークショップのスライドより)
今回ご紹介した、津旨さんの論文では、海洋への直接漏洩量を推定しているのですが、その前提として二つの重要な仮定があります。
(1)2号機からの直接漏洩が始まったのは3/26である。
(2)4/6に見かけ上の漏洩が収まった以降も、量は減っているものの直接漏洩は続いている。
海水のモニタリングデータを見る限り、この仮定に基づいた津旨さん達のシミュレーションで、測定結果をかなりの部分は説明できるような気がします。
それに対して東京電力は、2号機からの直接漏洩は4/1-4/6までで、それに基づいてCs-137の漏洩量は0.94PBqと言っているわけですが、漏洩していた期間がそれ以外にもあるとなると、当然のことながら漏洩量はずっと多くなります。ある意味東京電力の計算は最低限の見積もりを計算した数値と言ってもいいかもしれません。
では、海洋への直接漏洩はいったいいつから起こり、また4/7以降も起こっていた(いる?)のでしょうか?
この2点に関して、次回からは私自身の分析で、他の視点から検証してみたいと思います。お楽しみに。
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