福島第一原発事故で海洋に流出した放射性セシウム量は全体のわずか2%? (東京電力の5/24のデータを加えたアップデート版)
「福島第一原発事故で海洋に流出した放射性セシウム量は全体のわずか2%?」で書いたように、放射性セシウムがいったい福島第一原発にはどれくらいあって、そのうちどれくらいが大気中や海に放出されたのか、全体量のイメージを持っておくことは重要なことです。
このたび、5/24に東京電力が大気中や海洋への放出量の推定値について発表しました。そのため、「福島第一原発事故で海洋に流出した放射性セシウム量は全体のわずか2%?」で書いた事について一部修正する必要も出てきましたので、今回はアップデートした内容をお知らせしたいと思います。ただ、前回と基本的にはほとんど変わっていません。東京電力の発表値が、各種シミュレーション結果とほぼ同様の値に落ち着いたというだけです。
前回の記事を読んでいない方もいると思いますが、一度読んだ方には復習になります。
このシリーズの1回目として、まずみなさんには、今回の福島第一原発事故によって放出された放射性物質の量について、再度頭の中にイメージを持っていただきたいと思います。その理解がないと、今後個別の話題において出てくる何Bq(ベクレル)という話を聞いても、その意味が正確に理解できないと思うからです。
原発事故による放射性物質放出の全体像を理解するためにふさわしい資料があります。すでにご存じの方も多いとは思いますが、今年の3/6に「福島第一原子力発電所事故による環境放出と拡散プロセスの再構築」という公開ワークショップが開催されました。これは、独立行政法人日本原子力研究開発機構が主催したものですが、福島第一原発事故における放射性物質の放出について、多面的な解析が行われました。
今回は、主にこのワークショップで発表されたいくつかの資料と、5/24に東京電力が発表した資料を用いながら、福島第一原発事故における数量的なイメージを確認していきたいと思います。
これまでにもこのブログでは、「10/30 フランスIRSNが10/26に発表した海洋放射能汚染(東京電力の20倍)の解説」などで海洋汚染に関するシミュレーションとそれにもとづく放出量の推定を紹介してきています。これらについては、「5.各種のシミュレーション」にまだ未完成ですが、まとめてあります。
本日はシミュレーションの紹介をするのが主な目的ではなく、いくつかのシミュレーションの結果を利用して福島第一原発事故で海洋に流出した放射性物質の大体の量を把握する事が目的になります。ここで「大体の」と書いたのは、シミュレーションには最大10倍程度の幅があるため、正確な量を推論するのは不可能であるためです。しかし、正確な量は誰にもわからないのですから、大ざっぱにどれくらいなのか、そしてそれが福島第一原発にあった量の何%くらいに当たるのかを確認したいと思います。
1.昨年の3.11時点での原子炉内の放射性物質の総量
まずは、昨年の3/11の時点で原子炉の中にどれくらいの放射性物質があったのか、ヨウ素とセシウムについて確認してみましょう。
その前に、いつもこのブログではあまり断り無しに記載していることなのですが、今回は大きな数字を扱いますので、その説明をしておきます。

まず単位の問題です。科学の世界においては、大きな数字や小さな数字を扱うのが当たり前で、それは大抵10の3乗、すなわち1000倍ごとに区切ります。それぞれの数に呼び方がありますが、パソコンを使う人は、ハードディスクやUSBメモリの容量の単位で、M(メガ)は100万、G(ギガ)は10億、T(テラ)は1兆というあたりまでは理解できるようになってきていると思います。
私のブログでは、T(テラ)が1兆で日本の数字の数え方でも区切りがいいので、テラで表現することが多かったのですが、今回はテラで表現すると100,000テラベクレルとか非常に大きな数字になってしまうため、T(テラ)の上のP(ペタ)、すなわち1000兆を単位としてこのあとよく使用します。従って、5PBqとかいてあったら、それは5000兆ベクレルであると言うことを意味すると思って下さい。わからなくなったら、この上の図に戻って単位を確認して下さい。
なお、Bq(ベクレル)については、もうどこでも説明されていることと思いますので詳しい説明は省略します。

次に上付き文字の表現の仕方です。私のブログでは、いつもCs-137という書き方をしているため、これが正しい書き方だと思っている人もいるかもしれませんが、実は上の図のようにセシウム137であればCsの左上に数字で137と書くのが正しい表記方法です。
しかしながら、テキストベースのブログでは上付き文字などの表現をするのは煩雑なため、いつもCs-137と記載してきました。これまで特に説明してきませんでしたが、この点はご了承下さい。
また、350,000Bq/Lという時に、350,000とゼロがたくさん並ぶとわかりにくいため、数学的には指数を用いて3.5×10の5乗という表現をします。この10の5乗という表現は、3.5×10^5という表記方法もありますし、3.5E5という表記方法もあります。今回は特に使わなくても済みそうですが、私のブログではどちらの表現も利用していますので、この機会に説明しておきます。
2.そもそも3.11時点ではどれだけの放射性物質があったのか?
さて、昨年の3/11時点の原子炉内にあった放射性物質の総量については、いくつかの資料があります。その中でも、日本原子力学会和文誌に掲載された「福島第一原子力発電所の滞留水への放射性核種放出」という論文からデータを引用してきました。この論文は「原発事故時にどれだけの放射性物質が汚染水になったのか?に関する論文の紹介」でもご紹介しています。

なぜこの論文を利用したかというと、この論文では3/11時点の放射性物質の量を計算するためにこれまで何回の燃料交換をしているのか、といった情報を加味して計算しています。その方が半減期の短いCs-134の量を正確に評価できるそうです。
また、次回以降にまとめる予定なのですが、放射能汚染水(滞留水)がどれだけあるのか、といった情報にも用いることができるため、今回ここで利用しています。なお、私はI-131、Cs-134、Cs-137のデータしか引用していませんが、論文では下のように他の核種に関しても計算しています。例えば、Sr-90はほぼCs-137と同じ量であることがわかると思います。なお、上の表とは縦横が逆になっていますのでご注意下さい。

(西原ら 日本原子力学会和文誌Vol.11,No.1, p.13-19 (2012)より)
また、先ほどの表で燃料棒の数は参考までにつけたものですが、これは日本政府のIAEAへの報告書(福島原子力発電所等の事故の発生と進展 表Ⅳ-3-1)から引用しています。使用済みプールにあった放射性物質量はこのあとの計算には入れていませんのでご注意下さい。
3.大気中や海洋に流出した量は?
次に大気中に放出された放射性物質の量です。これについては、ワークショップの資料(パネルディスカッション 資料1)から引用させてもらっています。いくつかのシミュレーションの結果から、I-131については110-160PBq、Cs-137についてはStohlというノルウェーの学者が出した論文を除いて9-16PBqであることがわかります。ここの数値には、海洋への直接放出量は計算に入っていません。

上の表とほぼ同様の内容ですが、東京電力が5/24に発表した表をここに引用します。

前回私が使わなかった数値として、「INES評価」というものがありますが、東京電力が発表したデータにはそれが掲載されています。これを使うと、例えばチェルノブイリ原発事故との放出量の比較が出来るようになります。具体的には、Cs-137の数値を40倍して、I-131の数値に足せばINES評価になります。本当のINES評価は多くの核種についてその換算係数(Cs-137では40倍)が決まっているのですが、放出量の評価が出来る核種はあまりありませんので、東京電力はI-131とCs-137についてのみINES評価に用いています。
それによると、東京電力のINES評価では900PBq。チェルノブイリ原発事故が同じ方法で5200PBqと言われていますので、約20%にあたるという東京新聞の記事が出ていました。
この表を見ると、I-131の放出量の推定値について、東京電力は500PBqと国内の他の機関の3倍ほど高い数値を予測しています。一方、Cs-137についてはほぼ同等で10PBqです。従って、I-131の推定値がなぜ東京電力の評価では高くなったのか、という疑問は残りますが、今回のメインの対象であるCs-137には影響がないことを確認できました。
次に海洋への直接放出量についてのシミュレーションです。これも同じく今回のワークショップの資料(パネルディスカッション 資料3)と、東京電力が過去に発表した推定量など(「10/30 フランスIRSNが10/26に発表した海洋放射能汚染(東京電力の20倍)の解説」参照)からこの表を作成しています。IRSNの推論は一つだけ飛び抜けて高いので、それを除くと海洋への直接放出量はCs-137でだいたい3-5PBqという予想になっていることがわかります。
前回書いたコメントは、「別の言い方をすると、東京電力の算出したCs-137の0.94PBqという数値は低すぎるということになります。ここについては次回以降、詳細に分析してみたいと考えています。」でした。

しかし、今回下記の表が東京電力から発表されました。

それにより、東京電力の評価のみが低いということは言えなくなりました。東京電力の評価方法は実質的に電力中央研究所の評価方法を用いているということですので、私が参考にしている電中研の報告書の方法をほぼそのまま用いているということのようです。従って、前回の「東京電力の算出したCs-137の0.94PBqという数値は低すぎる」は取り消します。
今回の発表に基づく大きな変更は、東京電力も海洋への放射性セシウムの放出量を、他機関と同様の3-5PBq(Cs-137)であると認めたことです。そして、その推定は電中研のシミュレーション方式に則っているため、私がこのブログで参考にしている方法と前提条件は同じだということもわかりました。
次に、沈着量の評価です。海洋の場合は放出された量=沈着量ですが、大気中に放出された量=沈着量ではありません。ワークショップでは、JAEAの小林さんらの発表で、大気中に放出された量の約半分が最終的には海に沈着したという予想をしています。ただしこの場合の海というのは、日本近海だけを含むのではなく、かなり遠洋の太平洋も含んでの評価のようです。実際、他のシミュレーションでは、日本近海の海域に沈着した量は大気中への放出量の20%程度という発表もありました。
この小林さんの発表を引用すると、Cs-134とCs-137の放出量、沈着量はほぼ同じであり、大気中に放出されたCsの約半分は海に沈着したということがわかります。

4.放射能汚染水として昨年5月末にあった放射性物質の量
本原子力学会和文誌に掲載された「福島第一原子力発電所の滞留水への放射性核種放出」という論文を「原発事故時にどれだけの放射性物質が汚染水になったのか?に関する論文の紹介」で紹介した際、下に示した図を引用しました。

(西原ら 日本原子力学会和文誌Vol.11,No.1, p.13-19 (2012)より)
この図から、Cs-134:680PBqの21%、Cs-137:700PBqの20%が放射能汚染水として溶け出していることがわかります。計算すると、放射能汚染水中のCs-137は140PBqになります。これは昨年5月末の時点でのデータに基づく計算であり、汚染水循環処理システムが始まる前の時点の数値になります。昨年6月以降に汚染水処理システムによって汚染水は処理されて、Cs-137の多くは実は廃スラッジなどの形でたまっているのですが、そこはこの計算には入っていません。
※昨年6月に、実際に汚染水循環処理システムの運用が始まってからどれくらいの汚染水が循環しているのかを計算してみると、Cs-137は250PBq、Cs-134で230PBqで、合わせて放射性セシウムとして480PBqあった計算になりました。これについてはいずれ放射能汚染水循環処理システムの話をまとめますので、その際にこの違いについてもふれる予定です。
5.まとめ-量的な関係を整理するとこうなる-
今までのワークショップその他の資料からどのようなことが読み取れるのか、Cs-137について収支を計算してみましょう。すると下の図のようになります。
1-3号機には昨年の3/11には約700PBqのCs-137がありました。そのうち、大気中に約10-16PBq、海洋に3-5PBqが放出されています。また、汚染水として原発敷地内に残っているCs-137は、さきほど計算したように約140PBqになります。すると、残りはおそらくメルトダウンした燃料棒として残っていることになり、その量は大ざっぱに500-540PBqになります。図には書きませんでしたが、燃料棒の500PBqというのはStohl論文の37PBqやIRSNの27PBqも考慮して計算した場合の数値です。

先ほどCs-134とCs-137の放出量、沈着量がほぼ同じだという話を書きましたが、Cs-134とCs-137を合計量で考えるとCs-137の約2倍になりますので、次の図のようになります。

(ただし、これはCs-137について見た時の割合であり、例えば希ガスであるXe-133は、ワークショップでの京都大学の杉本先生のまとめによると、11000PBqもあり、そのほとんどが大気中に放出されたということです。ただ、Xeはいわゆる不活性ガスで反応性が乏しい事が知られています。)
放射性セシウムで考えると、3/11にもともとあった1380PBqのうち、約75%はメルトダウンした燃料棒として原子炉付近に残っており、約20%は放射能汚染水として280PBqが原発敷地内を循環しているのです(すでに処理済みで保管中のものも含む)。
つまり、これだけの汚染を引き起こしたといっても、実は1-3号機にあったCs-137のわずか2-5%にしか過ぎないのです。残りの90%以上はまだ原発敷地内に残っているのです。陸地に沈着したセシウムの量は8-16PBq、全体から見るとたった数%なのに、これが今がれき処理や廃棄物処理で大騒ぎを引き起こしています。もしチェルノブイリのように原子炉が爆発してもっと多くの放射性物質が放出されていたらどんなに大変なことになっていたか、この数字から見ても想像できると思います。
海洋に沈着した量は、直接放出量に大気中に放出されてから沈着したものを含んでいるために18-26PBq程度と、陸地に沈着した量よりも多いのです。とはいえ、海の容積は膨大なために希釈されて、1年経った今では海水の汚染はほとんど検出できないレベルにまで下がってきています。一番近い1-4号放水口南のサンプリングポイントでさえ、最近はCs-137がND(検出限界(約1Bq/L)未満)になる日も出てきました。
今後の課題は、陸地に沈着した放射性セシウムが環境中での循環を経て、海に流入することです。これが果たして新たな海洋生物の汚染につながるのかどうか、今後の検証が必要です。文科省の海洋モニタリング体制も、今年は東京湾のモニタリングなどを追加し、そういうデータを取れるようにしています。

なお、今回はストロンチウム(Sr)についての考察はできませんでした。計測されているデータ数があまりにも少ないので、シミュレーションも行われていないからです。ですが上で述べたように、Sr-90についてはもともと原子炉内にあった量はほぼCs-137と同じくらいである(Cs-137:700PBq、Sr-90:520PBq)ことは確認できています。また、放出された放射性物質のSr-90/Cs-137比でいうと、土壌中には約0.3%程度、海洋中では2-3%程度というのがこれまでの観測結果です(コンタンさんのブログ)。単純に考えると、Sr-90は原発敷地内に99%以上がほとんど残っているという計算になります。先ほどの論文では、Sr-90は全体の1.6%が放射能汚染水の中にあるという計算です。
今回改めてご理解いただけたと思いますが、福島第一原発にあった放射性セシウムやストロンチウムのほとんどはまだ敷地内にあり、特に全長4kmにもわたって循環している放射能汚染水は今後も何かのトラブルがあると海洋に放出されるリスクを残しているのです。放射性セシウムはかなり回収しましたが、放射性ストロンチウムはほとんど回収されていません。だからこそ、放射能汚染水の管理体制にはしっかりと目を光らせておく必要があるのです。
今回は1回目として、去年の3/11には福島第一原発には放射性物質(特にセシウム)がどれくらいあり、その中のどれくらいが外部に拡散したのか、今も残っているのはどれくらいの割合なのかを確認しました。
次回からは、各種シミュレーションの結果明らかになってきた、海洋に流出した放射性セシウム量の算出(3-5PBq)について、どう考えるべきなのかを私なりの検証をしていきます。東京電力の計算では、直接漏洩は昨年4/1~4/6の2号機からの漏洩をメインとした0.94PBqです。それ以外の放射性セシウムがどこでどのように放出されたのかをいろいろな角度から検証したいと思います。
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原発事故による放射性物質放出の全体像を理解するためにふさわしい資料があります。すでにご存じの方も多いとは思いますが、今年の3/6に「福島第一原子力発電所事故による環境放出と拡散プロセスの再構築」という公開ワークショップが開催されました。これは、独立行政法人日本原子力研究開発機構が主催したものですが、福島第一原発事故における放射性物質の放出について、多面的な解析が行われました。
今回は、主にこのワークショップで発表されたいくつかの資料と、5/24に東京電力が発表した資料を用いながら、福島第一原発事故における数量的なイメージを確認していきたいと思います。
これまでにもこのブログでは、「10/30 フランスIRSNが10/26に発表した海洋放射能汚染(東京電力の20倍)の解説」などで海洋汚染に関するシミュレーションとそれにもとづく放出量の推定を紹介してきています。これらについては、「5.各種のシミュレーション」にまだ未完成ですが、まとめてあります。
本日はシミュレーションの紹介をするのが主な目的ではなく、いくつかのシミュレーションの結果を利用して福島第一原発事故で海洋に流出した放射性物質の大体の量を把握する事が目的になります。ここで「大体の」と書いたのは、シミュレーションには最大10倍程度の幅があるため、正確な量を推論するのは不可能であるためです。しかし、正確な量は誰にもわからないのですから、大ざっぱにどれくらいなのか、そしてそれが福島第一原発にあった量の何%くらいに当たるのかを確認したいと思います。
1.昨年の3.11時点での原子炉内の放射性物質の総量
まずは、昨年の3/11の時点で原子炉の中にどれくらいの放射性物質があったのか、ヨウ素とセシウムについて確認してみましょう。
その前に、いつもこのブログではあまり断り無しに記載していることなのですが、今回は大きな数字を扱いますので、その説明をしておきます。

まず単位の問題です。科学の世界においては、大きな数字や小さな数字を扱うのが当たり前で、それは大抵10の3乗、すなわち1000倍ごとに区切ります。それぞれの数に呼び方がありますが、パソコンを使う人は、ハードディスクやUSBメモリの容量の単位で、M(メガ)は100万、G(ギガ)は10億、T(テラ)は1兆というあたりまでは理解できるようになってきていると思います。
私のブログでは、T(テラ)が1兆で日本の数字の数え方でも区切りがいいので、テラで表現することが多かったのですが、今回はテラで表現すると100,000テラベクレルとか非常に大きな数字になってしまうため、T(テラ)の上のP(ペタ)、すなわち1000兆を単位としてこのあとよく使用します。従って、5PBqとかいてあったら、それは5000兆ベクレルであると言うことを意味すると思って下さい。わからなくなったら、この上の図に戻って単位を確認して下さい。
なお、Bq(ベクレル)については、もうどこでも説明されていることと思いますので詳しい説明は省略します。

次に上付き文字の表現の仕方です。私のブログでは、いつもCs-137という書き方をしているため、これが正しい書き方だと思っている人もいるかもしれませんが、実は上の図のようにセシウム137であればCsの左上に数字で137と書くのが正しい表記方法です。
しかしながら、テキストベースのブログでは上付き文字などの表現をするのは煩雑なため、いつもCs-137と記載してきました。これまで特に説明してきませんでしたが、この点はご了承下さい。
また、350,000Bq/Lという時に、350,000とゼロがたくさん並ぶとわかりにくいため、数学的には指数を用いて3.5×10の5乗という表現をします。この10の5乗という表現は、3.5×10^5という表記方法もありますし、3.5E5という表記方法もあります。今回は特に使わなくても済みそうですが、私のブログではどちらの表現も利用していますので、この機会に説明しておきます。
2.そもそも3.11時点ではどれだけの放射性物質があったのか?
さて、昨年の3/11時点の原子炉内にあった放射性物質の総量については、いくつかの資料があります。その中でも、日本原子力学会和文誌に掲載された「福島第一原子力発電所の滞留水への放射性核種放出」という論文からデータを引用してきました。この論文は「原発事故時にどれだけの放射性物質が汚染水になったのか?に関する論文の紹介」でもご紹介しています。

なぜこの論文を利用したかというと、この論文では3/11時点の放射性物質の量を計算するためにこれまで何回の燃料交換をしているのか、といった情報を加味して計算しています。その方が半減期の短いCs-134の量を正確に評価できるそうです。
また、次回以降にまとめる予定なのですが、放射能汚染水(滞留水)がどれだけあるのか、といった情報にも用いることができるため、今回ここで利用しています。なお、私はI-131、Cs-134、Cs-137のデータしか引用していませんが、論文では下のように他の核種に関しても計算しています。例えば、Sr-90はほぼCs-137と同じ量であることがわかると思います。なお、上の表とは縦横が逆になっていますのでご注意下さい。

(西原ら 日本原子力学会和文誌Vol.11,No.1, p.13-19 (2012)より)
また、先ほどの表で燃料棒の数は参考までにつけたものですが、これは日本政府のIAEAへの報告書(福島原子力発電所等の事故の発生と進展 表Ⅳ-3-1)から引用しています。使用済みプールにあった放射性物質量はこのあとの計算には入れていませんのでご注意下さい。
3.大気中や海洋に流出した量は?
次に大気中に放出された放射性物質の量です。これについては、ワークショップの資料(パネルディスカッション 資料1)から引用させてもらっています。いくつかのシミュレーションの結果から、I-131については110-160PBq、Cs-137についてはStohlというノルウェーの学者が出した論文を除いて9-16PBqであることがわかります。ここの数値には、海洋への直接放出量は計算に入っていません。

上の表とほぼ同様の内容ですが、東京電力が5/24に発表した表をここに引用します。

前回私が使わなかった数値として、「INES評価」というものがありますが、東京電力が発表したデータにはそれが掲載されています。これを使うと、例えばチェルノブイリ原発事故との放出量の比較が出来るようになります。具体的には、Cs-137の数値を40倍して、I-131の数値に足せばINES評価になります。本当のINES評価は多くの核種についてその換算係数(Cs-137では40倍)が決まっているのですが、放出量の評価が出来る核種はあまりありませんので、東京電力はI-131とCs-137についてのみINES評価に用いています。
それによると、東京電力のINES評価では900PBq。チェルノブイリ原発事故が同じ方法で5200PBqと言われていますので、約20%にあたるという東京新聞の記事が出ていました。
この表を見ると、I-131の放出量の推定値について、東京電力は500PBqと国内の他の機関の3倍ほど高い数値を予測しています。一方、Cs-137についてはほぼ同等で10PBqです。従って、I-131の推定値がなぜ東京電力の評価では高くなったのか、という疑問は残りますが、今回のメインの対象であるCs-137には影響がないことを確認できました。
次に海洋への直接放出量についてのシミュレーションです。これも同じく今回のワークショップの資料(パネルディスカッション 資料3)と、東京電力が過去に発表した推定量など(「10/30 フランスIRSNが10/26に発表した海洋放射能汚染(東京電力の20倍)の解説」参照)からこの表を作成しています。IRSNの推論は一つだけ飛び抜けて高いので、それを除くと海洋への直接放出量はCs-137でだいたい3-5PBqという予想になっていることがわかります。
前回書いたコメントは、「別の言い方をすると、東京電力の算出したCs-137の0.94PBqという数値は低すぎるということになります。ここについては次回以降、詳細に分析してみたいと考えています。」でした。

しかし、今回下記の表が東京電力から発表されました。

それにより、東京電力の評価のみが低いということは言えなくなりました。東京電力の評価方法は実質的に電力中央研究所の評価方法を用いているということですので、私が参考にしている電中研の報告書の方法をほぼそのまま用いているということのようです。従って、前回の「東京電力の算出したCs-137の0.94PBqという数値は低すぎる」は取り消します。
今回の発表に基づく大きな変更は、東京電力も海洋への放射性セシウムの放出量を、他機関と同様の3-5PBq(Cs-137)であると認めたことです。そして、その推定は電中研のシミュレーション方式に則っているため、私がこのブログで参考にしている方法と前提条件は同じだということもわかりました。
次に、沈着量の評価です。海洋の場合は放出された量=沈着量ですが、大気中に放出された量=沈着量ではありません。ワークショップでは、JAEAの小林さんらの発表で、大気中に放出された量の約半分が最終的には海に沈着したという予想をしています。ただしこの場合の海というのは、日本近海だけを含むのではなく、かなり遠洋の太平洋も含んでの評価のようです。実際、他のシミュレーションでは、日本近海の海域に沈着した量は大気中への放出量の20%程度という発表もありました。
この小林さんの発表を引用すると、Cs-134とCs-137の放出量、沈着量はほぼ同じであり、大気中に放出されたCsの約半分は海に沈着したということがわかります。

4.放射能汚染水として昨年5月末にあった放射性物質の量
本原子力学会和文誌に掲載された「福島第一原子力発電所の滞留水への放射性核種放出」という論文を「原発事故時にどれだけの放射性物質が汚染水になったのか?に関する論文の紹介」で紹介した際、下に示した図を引用しました。

(西原ら 日本原子力学会和文誌Vol.11,No.1, p.13-19 (2012)より)
この図から、Cs-134:680PBqの21%、Cs-137:700PBqの20%が放射能汚染水として溶け出していることがわかります。計算すると、放射能汚染水中のCs-137は140PBqになります。これは昨年5月末の時点でのデータに基づく計算であり、汚染水循環処理システムが始まる前の時点の数値になります。昨年6月以降に汚染水処理システムによって汚染水は処理されて、Cs-137の多くは実は廃スラッジなどの形でたまっているのですが、そこはこの計算には入っていません。
※昨年6月に、実際に汚染水循環処理システムの運用が始まってからどれくらいの汚染水が循環しているのかを計算してみると、Cs-137は250PBq、Cs-134で230PBqで、合わせて放射性セシウムとして480PBqあった計算になりました。これについてはいずれ放射能汚染水循環処理システムの話をまとめますので、その際にこの違いについてもふれる予定です。
5.まとめ-量的な関係を整理するとこうなる-
今までのワークショップその他の資料からどのようなことが読み取れるのか、Cs-137について収支を計算してみましょう。すると下の図のようになります。
1-3号機には昨年の3/11には約700PBqのCs-137がありました。そのうち、大気中に約10-16PBq、海洋に3-5PBqが放出されています。また、汚染水として原発敷地内に残っているCs-137は、さきほど計算したように約140PBqになります。すると、残りはおそらくメルトダウンした燃料棒として残っていることになり、その量は大ざっぱに500-540PBqになります。図には書きませんでしたが、燃料棒の500PBqというのはStohl論文の37PBqやIRSNの27PBqも考慮して計算した場合の数値です。

先ほどCs-134とCs-137の放出量、沈着量がほぼ同じだという話を書きましたが、Cs-134とCs-137を合計量で考えるとCs-137の約2倍になりますので、次の図のようになります。

(ただし、これはCs-137について見た時の割合であり、例えば希ガスであるXe-133は、ワークショップでの京都大学の杉本先生のまとめによると、11000PBqもあり、そのほとんどが大気中に放出されたということです。ただ、Xeはいわゆる不活性ガスで反応性が乏しい事が知られています。)
放射性セシウムで考えると、3/11にもともとあった1380PBqのうち、約75%はメルトダウンした燃料棒として原子炉付近に残っており、約20%は放射能汚染水として280PBqが原発敷地内を循環しているのです(すでに処理済みで保管中のものも含む)。
つまり、これだけの汚染を引き起こしたといっても、実は1-3号機にあったCs-137のわずか2-5%にしか過ぎないのです。残りの90%以上はまだ原発敷地内に残っているのです。陸地に沈着したセシウムの量は8-16PBq、全体から見るとたった数%なのに、これが今がれき処理や廃棄物処理で大騒ぎを引き起こしています。もしチェルノブイリのように原子炉が爆発してもっと多くの放射性物質が放出されていたらどんなに大変なことになっていたか、この数字から見ても想像できると思います。
海洋に沈着した量は、直接放出量に大気中に放出されてから沈着したものを含んでいるために18-26PBq程度と、陸地に沈着した量よりも多いのです。とはいえ、海の容積は膨大なために希釈されて、1年経った今では海水の汚染はほとんど検出できないレベルにまで下がってきています。一番近い1-4号放水口南のサンプリングポイントでさえ、最近はCs-137がND(検出限界(約1Bq/L)未満)になる日も出てきました。
今後の課題は、陸地に沈着した放射性セシウムが環境中での循環を経て、海に流入することです。これが果たして新たな海洋生物の汚染につながるのかどうか、今後の検証が必要です。文科省の海洋モニタリング体制も、今年は東京湾のモニタリングなどを追加し、そういうデータを取れるようにしています。

なお、今回はストロンチウム(Sr)についての考察はできませんでした。計測されているデータ数があまりにも少ないので、シミュレーションも行われていないからです。ですが上で述べたように、Sr-90についてはもともと原子炉内にあった量はほぼCs-137と同じくらいである(Cs-137:700PBq、Sr-90:520PBq)ことは確認できています。また、放出された放射性物質のSr-90/Cs-137比でいうと、土壌中には約0.3%程度、海洋中では2-3%程度というのがこれまでの観測結果です(コンタンさんのブログ)。単純に考えると、Sr-90は原発敷地内に99%以上がほとんど残っているという計算になります。先ほどの論文では、Sr-90は全体の1.6%が放射能汚染水の中にあるという計算です。
今回改めてご理解いただけたと思いますが、福島第一原発にあった放射性セシウムやストロンチウムのほとんどはまだ敷地内にあり、特に全長4kmにもわたって循環している放射能汚染水は今後も何かのトラブルがあると海洋に放出されるリスクを残しているのです。放射性セシウムはかなり回収しましたが、放射性ストロンチウムはほとんど回収されていません。だからこそ、放射能汚染水の管理体制にはしっかりと目を光らせておく必要があるのです。
今回は1回目として、去年の3/11には福島第一原発には放射性物質(特にセシウム)がどれくらいあり、その中のどれくらいが外部に拡散したのか、今も残っているのはどれくらいの割合なのかを確認しました。
次回からは、各種シミュレーションの結果明らかになってきた、海洋に流出した放射性セシウム量の算出(3-5PBq)について、どう考えるべきなのかを私なりの検証をしていきます。東京電力の計算では、直接漏洩は昨年4/1~4/6の2号機からの漏洩をメインとした0.94PBqです。それ以外の放射性セシウムがどこでどのように放出されたのかをいろいろな角度から検証したいと思います。
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