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海洋放射能総合評価事業の資料より(1)海水と海底土 汚染水は海流により茨城県沖で下層に沈んだ?

 
8/3に行われた「海洋環境放射能調査検討会(第2回)」の配布資料から、平成23年度の「海洋環境放射能総合評価事業 海洋放射能調査結果」という資料を見つけました。これは、原発及び核燃料サイクル施設が近くの海域に及ぼす影響を毎年調べている事業で、過去20年分以上の定点観測の蓄積がある貴重な資料です。

これを見ていると、過去のデータとの比較から昨年の原発事故による海洋汚染が日本全国でどのように影響しているのかを見ることが出来る事がわかりました。中にはよく見ないと見落とすような面白い知見もあり、この「福島第一原発2号機の謎に迫る(仮題)」シリーズに入れるべきと考え、追加することにしました。


平成23年度の「海洋環境放射能総合評価事業 海洋放射能調査結果」には、これまでの年と同様に原子力発電所海域と、青森県の核燃料海域の放射能の測定結果が載っています。どのような海域かというと、下の図にあるようにほぼ日本全国に広がっています。これらについて、毎年定点観測で同じ項目を測定し続けてくれているのです。西日本の太平洋側がやや少ないですが、日本全国をほぼカバーできる非常に貴重な観測結果だと思います。

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この観測では、海水の放射能、海底土の放射能、海産物の放射能を測定してくれています。しかも、各観測地点毎の過去20年からの推移をグラフで示してくれているため、昨年の福島第一原発事故において海洋汚染がどの程度の広がりを見せたのかを客観的に判断できるいい資料です。

福島、茨城の海だけでなく、九州や日本海の海や魚に影響があるのかないのか、過去20年間でどれくらいの汚染があったのかを含めて、この情報を見てご自分で判断していただけると思います。


1.福島第一原発事故による海水の汚染の広がり

この資料には、観測地点の情報が地図入りで下のような形で原発周辺海域として13の海域、それから核燃料サイクル施設海域として一つの海域(青森から岩手)が示されています。ここでは静岡海域の例だけを示します。

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下のグラフは全海域のCs-137の結果です。半減期の短い(約2年)Cs-134は、新たな放出があってから1-2年しか観測されませんが、半減期の長い(約30年)Cs-137は、1960年代の核実験時代の名残がまだ残っています。表層の海水のCs-137濃度は一昨年の2010年までは約2-4mBq/L=0.002-0.004Bq/Lですが、1986年にはチェルノブイリ原発事故の影響で10mBq/L程度にまで上がっているのがはっきりとわかると思います。

それが、昨年には高いところでは10mBq/Lどころか1000mBq/L=1Bq/Lにまで上がっています。

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一方、下層水(約100-500m)でも、過去20年間のCs-137の濃度は表層水とほとんど変わりません。ただし、下層水では1986年のチェルノブイリ原発事故の影響はほとんどないことがわかります。それが昨年の福島第一原発事故では、表層水ほどではありませんが、最高で約300mBq/Lにまで上がっていることがわかります。

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海水についてはSr-90(半減期約30年)についても同様の観測が行われています。Sr-90の場合は、チェルノブイリ原発事故の影響はほとんど観察されていません。昨年の福島第一原発事故を受けても最大で約25mBq/Lです。

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ここで覚えておくべき重要な事は、福島第一原発事故が起こるまでは、1960年代の核実験時代の残りで海水中にはCs-137が約2-4mBq/L、Sr-90も約2-4mBq/Lとほぼ1:1の割合で存在していたという事実です。事故前は海水のCs-137濃度はゼロだったというような間違った理解をしてもらうと困りますし、Sr-90/Cs-137比率も今回の福島第一原発事故でいわれているような1/100とか土壌での1/1000とは違うということを理解しておく必要があります。

今は日本の近海全体としてどのような傾向があったのか、ということを示しましたが、では、次に各海域でどのようなデータになっているのか、昨年の福島第一原発事故の影響がいったいどこにまで広がっているのかを調べてみましょう。同じように過去20年間のデータと比較できるようにグラフになっていますので、それを見ればどこの海域は影響があり、どこは過去20年間とほぼ同じ濃度であるかが一目瞭然でわかります。昨年度のデータと過去20年のデータを見比べてください。海水のサンプリングは昨年4月末~6月です。

まずは北海道です。北海道といっても、日本海側の積丹半島の方です。こちらでは、昨年の事故後に若干上がっているものの、20年前と変わらない程度であることがわかります。Cs-134も検出されていません。

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青森です。青森もこれまでの平均よりは高くなっていますが、それでも最高で5mBq/L程度です。それほど影響を受けていないことがわかります。ただし、ここではCs-134が検出されており、原発事故の影響があったことがわかります。

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続いて原発海域ではないですが、核燃料サイクル海域です。ここは青森海域と重なっており、岩手あたりまでの海を含みます。この海域では、一ヶ所だけ360mBq/Lと飛び抜けて高い地点がありましたが、それ以外は20mBq/L以下でした。しかし、北海道海域や青森海域とは違って明らかに海水にも影響が出ているのがわかります

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宮城県海域です。ここも明らかに過去20年間の10倍以上になっているのがわかります。

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福島海域です。いうまでもなく、ここが一番汚染されています。

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茨城海域です。ここも影響を受けていますが、表層水のデータでは一ヶ所しか高くありません。ここについては後ほど言及します。

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静岡海域です。明らかに過去20年間より高くなっていますが、チェルノブイリ原発事故の時よりは影響が少ないことがわかります。Cs-134は観測されています。

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新潟海域です。若干高めですが、変動の範囲内と言ってもいいかもしれません。この調査ではCs-134は観測されませんでした。

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この後、石川海域、福井海域、島根海域と日本海側の海域は全く影響を受けていないことがわかります。Cs-134も検出されていません。

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愛媛海域、佐賀海域、鹿児島海域も全く影響を受けていません。Cs-134も検出されていません。静岡と愛媛の間に原発がないため、中間の海域のデータがありませんが、この間のどこかで全く影響を受けていない海域との境界線があるのだと思います。

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23年度の海水の全体のデータを色分けして示すとこのようになります。青いところは10mBq/L以下ですので、原発事故前とほとんど変わらないレベルです。
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こうやってみると、原発事故前から存在する放射性セシウムの濃度を考慮すると、2mBq/Lが4mBq/Lに上昇するくらいの変化は見られるものの、日本海側にはほとんど全く影響していないことがわかります。一方で、太平洋側は、岩手県あたりから茨城県までは広く汚染されていることがわかります。各種のシミュレーションで示されているように、おそらく海流に乗って太平洋沖に拡散しているでしょう。また、静岡海域でもCs-134が検出されており、このあたりまで微量ですが影響を受けていたことがわかります。


2.茨城海域の不思議な現象

ところで、茨城海域では面白い現象がありました。茨城海域の生データを見て欲しいのですが、測点1~4全てにおいて、表層のデータよりも下層(水深約100m)の放射性セシウムの濃度の方が高いのです。測点1は、表層と下層でデータの取り方が違うので単純比較できませんが、表層はCs-137が130mBq/L、下層はCs-134+Cs-137で360mBq/Lなので、Cs-137だけならば約半分で約180mBq/Lと考えることができます。だとすれば測点1を含めて全て表層水<下層水になります。

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一方、少し北にある福島第二海域では、下の表に示すように、圧倒的に表層の方がCs-137の濃度が高いことがわかっています。

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ということはどういうことでしょうか?これは、福島第二海域の測点4(昨年6/3)、すなわちいわき市沖と、茨城海域の測点1(昨年5/10)、すなわち日立市沖の間のどこかの海域で、それまで表層を流れていた放射性セシウムが、海流などによって下にもぐり込む現象が起きたということを示しています。両者の測定までの間に一月ほどの差はありますが、茨城海域の方が5月の測定ですから、5月の時点ですでに茨城沖では放射性物質が水深100mほどにまでもぐり込むような現象があったという事の証明になります。

昨年の3月末から4月にかけて2号機タービン建屋からスクリーンを通じて海洋に流出した高濃度汚染水は、塩素濃度が約1.8%と淡水も半分近く含むために通常の海水(塩素濃度約3.5%)よりも比重がやや軽く、当初は表層を漂いやすかったと考えられていますが、流れていくうちに当然海水で希釈されますし、南に流れるに従って下層に降りていったということだと思います。

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そういう目で過去の文科省の測定データを見直してみました。残念ながら、昨年8月までの文科省の測定は検出限界値が高すぎ(Cs-137で約9Bq/L)、全く意味のない不検出の山でしたが、昨年秋に「今後の海域モニタリングの進め方」によって検出感度を上げて測定を始めてからは、それを裏付けるようなデータがいくつか見られます。

本当ならば、昨年5月や6月の測定サンプルがまだ残っているならば感度を上げて測定し直して欲しいくらいです。以下に示すのは昨年8月や9月のサンプリングデータです。

例えば「海域モニタリング結果(平成23年8月23日~27日採水)」では、観測点22、23、25、26などは表層よりも下層水の方がCs濃度が高くなっています。その一方で、原発よりも北側は表層水>下層水になっています。

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また、「海域モニタリング結果(平成23年9月7日~15日採水)」でも観測点L1、L3、K1では表層よりも下層水の方がCs濃度が高いことがわかります。

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今年になってからも、宮城県・福島県・茨城県沖の海水の放射線濃度(Sr追加)(財)海洋生物環境研究所が採水し、(財)九州環境管理協会及び(株)環境総合テクノスが分析(試料採取日:平成24年2月6日、13日) (PDF:155KB)でも、茨城沖では表層水<下層水になっています。ここでは示していませんが、福島第一原発より北ではこの傾向は見られません。
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実はこのような傾向(福島原発の南側の茨城県沖では表層よりも下層水の方がCs濃度が高い)はこれまでにも何回か気がついていましたが、こうやってまとめてみると、意味のあるデータであるように見えます。

ここから先は海流の専門家に意見を聞きたいところですが、素人考えでは、北から流れてくる冷たい親潮と南から流れてくる暖かい黒潮が茨城沖で合流します。その際、冷たい黒潮由来の水が下にもぐり込むような事が起こっているのではないか?と思えるのです。

いくつかのデータがはっきりと示しているように、現象としては間違いないと思いますので、このメカニズムがわかる人は是非教えてください。よろしくお願いします。


3.海底土の結果

次に、海底土の結果です。全海域のデータを下のグラフに示しますが、福島原発事故以前には海底土は低いところでは5Bq/kg程度、高いところでも10-15Bq/kg程度でした。この報告書の説明によると、海底の底質が砂が多いところは5Bq/kg程度以下で低いが、泥が多い新潟や福井の海域は10-15Bq/kgだということのようです。それが、昨年の福島第一原発事故によって、いくつかの海域でははっきりと影響を受けました。

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詳細は示しませんが、宮城海域、福島海域、茨城海域は明らかに福島第一原発事故以降の昨年5月頃には過去20年間よりもずっと高い放射性セシウムの汚染を示し、Cs-134も観測されました。しかし、それ以外の静岡海域以西の太平洋側や、青森海域以北では(少なくとも昨年5月~6月には)全く影響を受けませんでした。下の図は23年度の海底土の汚染状況を示したものですが、この図でいうと水色や濃い青の部分が10Bq/kg以下で影響を受けていない部分です。

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海底土の結果で一番気になるのは新潟海域です。新潟海域は、上の図でも緑色になっています。下のグラフに示すように、泥が多いために過去20年間のデータも10-15Bq/kg程度と他の海域よりも高めの数値でしたが、昨年の結果は、日本海側であるにもかかわらずなぜか海底土のセシウムは高くなっています。

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詳細なデータを見ても、Cs-134が測点1と測点2で観測されているため、福島第一原発事故由来のセシウムであることがわかります。昨年5月というサンプリング時点から考えて、陸上に降ったセシウムが川を通じて海に流れ出したにしては時期的に早いようです。

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この事について、この報告書では以下のようにコメントしています。

『一方、新潟海域については、Inoue らの報告*では北陸沖を含む日本海側の表層海水から134Cs が検出されており、大気からの沈着が一つの要因として考えられる。また、阿賀野川上流の阿賀水系の河川及び秋元湖等の湖で漁獲された魚から放射性セシウムが検出されているとの報告(福島県ホームページ等参照)を考慮すると、阿賀水系の流域に降った降下物が河川に入り、新潟海域にまで到達した可能性も考えられ、大気経由や河川経由等の複合要因が考えられる。』

* Inoue et al.,2012. Lateral variation of 134Cs and 137Cs concentrations in surface seawater in and around the Japan Sea after the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant accident. J. Environ. Radioact. 109, 45-51.

このデータは、ごく微量ではありますが、大気中からの沈着が日本海側にまで到達していた証拠と言えるのかもしれません。もちろん、ここに記載があるように河川由来の可能性もありますが、時期的に早すぎる気がします。


海産物についての話はこの次に書くこととします。お楽しみに。


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コメント

Re: 茨城県沖の潮流、鉛直水温等データ

さかな-さんぺいさん

情報ありがとうございました。確かにこれを見ると、私が漠然とイメージしていたことが書いてあるような気がしますね。これで説明できるとしていいのかな?




Re: 太平洋でも同様?

Slight_Bright さん

情報ありがとうございました。
教えていただいたJSTサイエンスチャンネルの猿橋勝子さんの番組(30分)、見ちゃいました。
http://sc-smn.jst.go.jp/playprg/index/715


この番組で言っていることとは少し違うかもしれませんね。何が正解なんでしょうね。誰かおしえてくれないかな。

茨城県沖の潮流、鉛直水温等データ

http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/nourin/suishi/kanri/mado/h24mado.htm
の中のhttp://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/nourin/suishi/data/mado/h22/22-49.pdf
http://www.pref.ibaraki.jp/bukyoku/nourin/suishi/data/mado/h24/24-04-1.pdf
これらを見ると、海面表面を黒潮系の暖水が広がっていき、底には親潮系の冷たい水が残る潮目の立体構造が見て取れるように思えますが、如何でしょうか?

太平洋でも同様?

あ、この表層の海水中の放射性セシウム濃度より中層の方が高くなると言う事は、南太平洋などで長年に渡って研究が継続されて来て、ようやく近年明らかになりつつ、と言うのをJSTサイエンスチャンネルの猿橋勝子の番組の中で、気象研究所の青山道夫さんが話しているところを視た所です。

http://sc-smn.jst.go.jp/playprg/index/715

ただ、茨城日立市沖となると、どうでしょう。久慈川など比較的大きな河川もありますので、そうした影響はどうか?と言う見方も必要な気がします(個人的にこの辺が未だモヤモヤ…)。

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twitterは@tsokdbaです。
3.11では、停電・断水のため、一晩避難所で過ごし、震災後の情報収集をきっかけにブログを始めました。
これまで約4年間、原発事故関係のニュースを中心に独自の視点で発信してきました。その中でわかったことは情報の受け手も出し手も意識改革が必要だということです。従って、このブログの大きなテーマは情報の扱い方です。原発事故は一つのツールに過ぎません。

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