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放射能汚染水情報アップデート ALPSの稼働をめぐる部分最適の是非(1)

 
タイトルを読んで「部分最適」とは何?と思った方もいるかもしれませんが、これは重要なキーワードですので、ぜひ頭に入れてお読みください。また、かなり長くなったので前半(1)と後半(2)に分けました。ぜひ後半の「部分最適の是非(2)」もお読みください。

「部分最適」とは「全体最適」に対する言葉です。それぞれのパートで部分最適を求めると往々にして全体最適にならないことがよくあるものです。

ここでの「部分最適」とはALPSの稼働に当たり求める条件を厳しくして確実に安全な状態にしてから稼働させようとすることです。それに対して、福島第一原発事故の収拾および廃炉に向けての作業を全体的に早く円滑に進めることが「全体最適」であると思います。

ALPS稼働についてどうするべきなのか、読んだ方の中でも意見が分かれると思いますが、ご自分でも考えていただきたいと思います。


1.福島原発での放射能汚染水との戦いの全体像

前回の「2012年後半 放射能汚染水と海洋汚染に関する情報アップデート(1)」でも書きましたが、福島第一原発における放射能汚染水の各種情報を理解する際には、その状況を放置すると新たな海洋汚染につながるのかどうか、という視点で考えることが常に必要です。

今回のALPSの設置をめぐる保安院、原子力規制庁と東電のやり取りを考える前に、復習になりますが放射能汚染水について振り返ってみましょう。

2011年4月と5月に起こった放射能汚染水の海洋への漏洩事故は、原子炉を冷やし続けるために3.11以降毎日原子炉に注水し続けた結果、その水が放射性物質で汚染されて高濃度の放射能汚染水となって建屋からあふれ出し、海にまで流れ出て起こったものです。

実は、昨年11/30に報道陣のみに公開された336時間分の映像では、福島第一原発(1F)の当時の吉田所長が2011年3/30のテレビ会議において「水の問題が一番大きいことはすでに一週間近く言っている。」と発言していたのです。ということは、3号機のタービン建屋地下で作業員が高濃度の放射能汚染水の中に足をつけてしまって被曝した3/24ごろから、1Fの現場ではいかにして大量に存在する水をコントロールするかが次の最重要課題であると認識していたことがわかります。

NHKかぶんブログより
『例えば、去年3月30日のテレビ会議では、現場の指揮官の吉田所長が、「水の問題がいちばん大きいことは、すでに1週間近く言っている。限界だ。何とかしてくれ」と、汚染水の海への放出も含めて、緊急に対策を検討してほしいと本店に掛け合っていました。』(引用ここまで)

残念ながら、本店にはその危機感が共有されず、4/2には2号機スクリーンから大量の放射能汚染水が海に漏れ出していることが確認されました。その結果、それ以上の漏洩事故を防ぐために低濃度の放射能汚染水を意図的に海洋に放出するという事も行いました。この放出は海洋汚染という点では2号機スクリーンからの漏洩に比べたら大した量ではありませんでしたが、近隣諸国への通告という手続き的に問題があるとされました。さらに5月には3号機スクリーンからも同様の漏洩事故が起こりました。

原子炉に水を注水し続けて、なおかつ原発敷地内の汚染水を増やさない方法として、政府と東電が選択した方法が現在の汚染水循環処理システムです。このシステムでは汚染水から放射性セシウムの除去を行い、海水に含まれる塩分も除去した上で再度原子炉に注水することで、外部から毎日水を加えなくても済むという利点があります。実際には、除去できたのは主に放射性セシウムで、多核種を除去できるという触れ込みだったフランスのアレバ社のシステムはまともな効果を示せず、わずか2ヶ月ほどでお蔵入りになりました。その代わりに現在は東芝のサリーというセシウム除去装置が活躍しています。

しかし、ここで大きな誤算がありました。当初の東電の予測では2011年6月当時に存在した12万トンほどの汚染水は1年近くでほぼ全量処理できて、放射能汚染水の量を大きく減らせるはずだったのです。しかしながら、2ヶ月ほど運用してみた結果、予想以上に地下水の量が多く、毎日300-500トン(=300-500m3)の水が建屋の地下に浸入して汚染水の量が増えていることがわかったのです。

そのため、東電も方針を転換し、2011年8月頃には放射能汚染水は増え続けるものという考え方に立ってそのための貯蔵タンクを増やす方向に方向転換しました。放射能汚染水がいくら増えたとしてももう二度と大量に海洋漏洩することは許されません。いかにして汚染水をあふれさせないようにしながら汚染水処理を行っていくか、という問題をクリアし続けるため、自転車操業でタンクの増設を行いながら汚染水処理を行いつづけるという状況になったのです。

また、現在の汚染水循環処理システムでは主にセシウムしか効率的に除去できず、ストロンチウムなどの多くの核種を除去できないことがわかりました。そこで新たに多核種を除去できる設備を開発し、運用することにしました。それが多核種除去設備 ALPS(Advanced Liquid Processing System)と呼ばれるものです。このシステムはサリーを開発した東芝が開発しました。

ALPSについては、2012年の初め頃に紹介され、9月からの運用開始を目指して準備がされてきました。ところが、運用開始する前の試験の段階でいくつかの問題点が見つかり、その対応に予想外に時間がかかっています。9月からの運用開始どころか、今年のいつ頃に運用開始できるかのメドがまだ立っていません。このため、ALPSの運用を前提に準備してきた廃液タンクの設置にも大きな影響が出てきているのです。

次に、具体的な数字をもって放射能汚染水の現状を見ていきます。

2.放射能汚染水は増加の一途である

放射能汚染水と現状の汚染水循環処理システムについては「放射能汚染水循環処理システムの現状はどうなっているのか?」に書きましたので、詳細な情報を知りたい方はぜひそちらをお読みください。ただし、使われているデータが半年以上前のものですので、ここでは最新のデータも含めてアップデートします。

1/2汚染水1

このグラフは「放射能汚染水循環処理システムの現状はどうなっているのか?」で使用したもので昨年4月までのデータしか入っていません。えんじ色の折れ線が2011年によく東京電力が説明に用いていたグラフです。全建屋合計の汚染水量が、システム運用開始当時は約12万トンでしたが、徐々に減って2011年の後半には10万トンを切るようになりました。当初はこのグラフを用いて東電は「汚染水が減っています」、という説明を行っていました。その当時は、2011年の年末には3万トンくらいには減る予定だったのですが、地下水の流入が予想以上に多いことが判明したために途中で方針変更をしたことはすでに述べました。

このグラフでもう一つ重要な事は、濃縮塩水の紫色の折れ線グラフが一直線に増加していることです。濃縮塩水とは、汚染水循環処理システムを用いて放射性セシウムを除去し、蒸発濃縮装置によって淡水と分離した後の塩分を多く含む廃液です。この濃縮塩水には放射性セシウムはあまり多く含まれていませんが、ストロンチウムなどは高濃度に含まれているため、これが海に漏洩すると問題です。実はこの水が2011年12月と、2012年3月、4月に一部漏れ出した事があるのです。

現在の汚染水循環処理システムを稼働させ続ける限りこの濃縮塩水は増え続けます。昨年12月までのデータを全てプロットすると下のグラフのようになります。

1/2汚染水2

緑色の折れ線が、東京電力が毎週プレスリリースで報告している報告書の中にある濃縮塩水のグラフです。(全ての報告書へのリンクはこちらにあります。)オレンジ色は、1Fの敷地内にある汚染水の全体量を示すために、全建屋の汚染水+濃縮塩水+淡水受けタンクの合計として私が計算している汚染水の総量です。濃縮塩水が増え続けているため、汚染水の総量も右肩上がりで増え続けていることがわかると思います。

なお、上のグラフで青い折れ線は建屋の汚染水量で、昨年1年間はほぼ10万トンで維持されていることがわかります。赤い折れ線は水の出納を考えた時の毎週建屋内に侵入していると考えられる地下水の量です。かなり変動がありますが、大ざっぱに1週間で2000-4000トンの増加ですので、東電が説明している毎日の地下水流入量が300-500トンというのも大体合っていると考えてもいいと思います。

これまで放射能汚染水の水量が毎日増え続けていることを見てきたわけですが、実際の放射能はどうなっているのか?ということも確認しておきましょう。

1/2汚染水3

このグラフの赤い折れ線からわかるように、放射性セシウムに限って言えば、実は昨年6月時点で放射能汚染水中にあった放射性セシウムの98%はもう処理されてベッセルの中などに吸着されているのです。(上のグラフはCs-137の例ですが、Cs-134でも基本的には同じです。)元の量があまりにも膨大だったために残った2%がまだ4.4 PBq=4400テラベクレルとかなりの量ですが、濃度にしたら昨年6月時点の1/100程度になっています。放射性セシウムの除去という目的だけを考えれば、満足行く水準に達していると思います。

しかしながら、先ほど述べたように、このセシウム処理後の濃縮塩水には、ストロンチウムを初めとして多くの核種がまだ法的な規制値(告示濃度)以上の濃度で存在しています。セシウムも減ったとはいえ、まだ告示濃度を超える濃度ですので、万一海洋に漏洩した時には問題となります。そこでこの問題の解決法としてALPSの導入が図られたのです。

3.ALPS運用開始が遅れた事による問題点

ALPSは、試験段階での性能としては「9月に導入予定の多核種除去設備とはどんなもので何が出来るのか?」に書いたように、62核種についてほぼ検出限界値未満にまで除去できる性能を持った装置です。ただし、トリチウムについてはこの装置でも除去できていません。

今後ALPSを運用することができても、その処理水をそのまま海洋に廃棄することは簡単にはできないでしょう。ですが、現状の汚染水循環処理システムよりもはるかに汚染の少ない廃液として保管することができるため、何かの事故があったとしても、その漏洩による新たな海洋汚染のリスクは遙かに少なくすることができるのです。

従って、ALPS処理後の廃液設備として、下の写真のような地下貯水槽(約4000トン貯水可能)が建設されました。このような貯水槽では、ALPS処理後の廃液を入れるのであればまだ大丈夫だと思いますが、万一のことを考えると現在の濃縮塩水を入れておくには不安が残る構造です。(東電は濃縮塩水にも利用できると言っています。)
1/2汚染水4

ところが、ALPSの稼働が予定よりも大幅に遅れたため、このような地下貯水槽にまでセシウムのみを除去した濃縮塩水を入れないといけないほどタンクの容量が逼迫しているのです。下の予定(昨年12/26報告)において、赤丸をつけた1月上旬(約10000トン)と2月上旬(約13000トン)は、二つとも地下貯水槽の濃縮塩水への流用(昨年12/19の東電記者会見)だそうです。

1/3汚染水17

一つの理由として、タンク設置に適した場所であっても、林を切り開いてそこにタンクを設置し、既存のシステムからラインを引いてくるということを行って運用をはじめるには数ヶ月から半年かかるということが挙げられます。そのため、下図のようにかなり計画的に設置を行ってきており、急な計画変更には対応しにくいのです。

1/2汚染水6
(昨年8月27日 政府・東京電力中長期対策会議運営会議(第9回会合)資料より)

またもう一つの理由として、タンクを設置するのにふさわしい場所がもうあまり残っていないという事が挙げられます。下の図にあるように、すでに原発敷地内の多くの場所が汚染水循環処理システムで使用されています。

1/2汚染水5

昨年の後半に設置された設備には、ALPS処理液を入れるつもりで設計してある地下貯水槽が増設中も含めて58000トンあり、これら貯水槽は濃縮塩水を貯蔵しておくには適していません。しかしながら、タンクの貯蔵スペースの余裕は昨年末現在で約1ヶ月分しかありません。そのため、ALPSの運用開始が遅れたからと言って濃縮塩水用のタンクには余裕がないため、ALPS処理液用の地下貯水槽に濃縮塩水を入れざるを得ない状況になってしまっているのです。

1/2汚染水7
(昨年8月27日 政府・東京電力中長期対策会議運営会議(第9回会合)資料より)

昨年12月14日の東電の記者会見では、ALPSで処理できるのは実運用で1日500トン超くらいで、地下水の流入が1日400トンとすると、遅れた分は3日で1日分の地下水の流入分を処理できる計算になり、運用開始が半年遅れると3倍で1年半に、遅れた半年分を加えて合計で2年分の遅れになるといっていました。

詳細はこのあと後半の「部分最適の是非(2)」で書く予定ですが、保安院、原子力規制庁とのやり取りの中ですでに3ヶ月近く稼働が遅れており、いつ稼働できるかどうかもまだはっきりしていません。この間も地下水は建屋に流入し続けて放射能汚染水となっていきます。半年ALPSの稼働が遅くなると2年間の汚染水処理の遅れが出るというのが現状です。

では、なぜALPSの稼働が遅れているのか、後半の「部分最適の是非(2)」でう少し詳しく見ていきましょう。

※「放射能汚染水情報アップデート ALPSの稼働をめぐる部分最適の是非(2)」は明日1/4にアップする予定です。

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3.11では、停電・断水のため、一晩避難所で過ごし、震災後の情報収集をきっかけにブログを始めました。
これまで約4年間、原発事故関係のニュースを中心に独自の視点で発信してきました。その中でわかったことは情報の受け手も出し手も意識改革が必要だということです。従って、このブログの大きなテーマは情報の扱い方です。原発事故は一つのツールに過ぎません。

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