「汚染水の影響は港湾内の0.3km2で完全にブロック」発言で本当に議論すべき事は何か?
9/8(現地時間9/7)のIOC総会で、2020年のオリンピックが東京で開催されることが決定しました。
このIOC総会には、東京の猪瀬都知事はもちろんのこと、安倍総理も乗り込んでスピーチを行い、その直前まで海外で大きく報道されていた福島第一原発の汚染水問題についても発言しました。その発言をめぐり、そのあと2週間でいろいろな人のいろいろな発言が物議を醸しています。
東京オリンピック決定から約2週間がたち、そろそろ落ち着いて振り返ることができる頃だと思いますので、私なりにまとめてみたいと思います。その際、ツイッターやネットの情報において安倍総理の発言、そしてその元の資料の意味を誤解していると思われる事がありましたので、それについても触れたいと思います。
1.経緯
9/7のブエノスアイレスで行われた第125回のIOC総会において、東京はトルコのイスタンブール、スペインのマドリッドを破って2020年のオリンピック開催都市に選ばれました。
8月中旬まで、(消去法で)東京が有利という下馬評が高かったようですが、ちょうど8月下旬に福島第一原発のH4エリアにおいて最大300トンの汚染水が漏れ出した(詳細は「汚染水タンクから最大300トンの漏えい!(5) 地下水バイパスもピンチ!」など参照)という事故があり、海外メディアでこの問題が大きく取り上げられました。
そして初めは日本政府がこの問題に対してしっかりと英語で情報発信をしなかったため、この問題はオリンピック招致にも影響しかねない状況になりました。IOC総会直前に開かれた9/4の記者会見でも6つの質問のうち4つが福島の汚染水問題に集中しました。
安倍首相も現地入りして、現地の状況を聞いて汚染水問題は正面から取り上げる必要があるという方針に転換したそうです。そして最後の英語のプレゼンにおいて、その後多くの日本のマスコミが取り上げる注目すべき発言を行いました。IOCのサイトの動画(Presentation by Tokyo, Japan)の33分頃に載っています。

(IOCのサイトよりキャプチャ)
"Some may concern about Fukushima. Let me assure you, the situation is under control. It has never done and will never do any damage to Tokyo."
この中でも特に「状況はコントロールされている」という表現が、後に出てくる質疑での「完全にブロック」と合成されて、「状況は完全にコントロールされている」という誰も言っていない言葉が生まれ、ネットなどで一人歩きしています。
そして、質疑応答において福島原発の状況についてなぜ安全と言えるのか技術的に説明して欲しいという質問が出ました。それに対して、今度は日本語で以下のように回答しています。
(1) 汚染水の影響は、港湾内0.3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされている。
(2) 放射性物質の数値は最大でも、世界保健機関(WHO)の飲料水水質ガイドラインの500分の1である。
(3) 食品や水からの被ばく量はどの地域も基準(年間1ミリシーベルト)の100分の1である。
ここでは(2)と(3)については省略して以下に(1)の一番問題になった発言について取り上げたいと思います。
経緯の続きを書くと、結果的にこの安倍首相の発言もあってかどうかはわかりませんが、東京は2020年のオリンピック開催都市として選ばれました。
その後、この「コントロール」をめぐって、13日に民主党が東電の山下フェローからコントロールできていないという発言を引き出して東電と政府が違う認識である、というような話もありました。
また、昨日も猪瀬直樹知事の記者会見中のひと言が切り取られて「コントロールされていない」と言ったというニュースが飛び交いました。いつまでこの話をこの観点からの議論で引っ張るのだろうか、というのが率直な私の印象です。
2.「0.3km2」はどの資料から来たのか?
私はこの総会直前に、日本政府がIAEAに対して送った英語の説明の資料を読んでいましたので、この0.3km2の出所はすぐにわかりました。8月末から政府が前面に出るということを表明し、多くの会議体が作られました。それについては「あまりにも多くなりすぎた汚染水の会議体を整理します。」にまとめてありますから是非お読みください。
ここでは詳しくはくり返しませんが、政府は9/3の第32回原子力災害対策本部会議において「汚染水問題に関する基本方針」をまとめました。
また、この基本方針に基づいていろいろの会議体が作られていますが、首相官邸のHPに「汚染水問題への対応」というページが新設され、そこの「汚染水の状況」という欄に「経済産業省「東京電力(株)福島第一原発の汚染水問題について」」というpdfがあり、例の「0.3km2」という表現も出ています。

(首相官邸HP 東京電力(株)福島第一原発の汚染水問題について より)
ただし、これは「仮訳」という注釈がついていることでもわかるように、まず最初に英語で発信されて、それを後で日本語版として首相官邸のHPに公開したものです。私が9/8に探した時はこのファイルはありませんでした(実際、このpdfファイルのプロパティを見ると9/13 21:25:20でした)。
この元になる英語の文書は、先ほどご紹介したIAEAに送った"Overview"にあります。9月3日付です。
この資料には、日本語版にはないような添付資料もそえられています。

(9/6にIAEAに提出した英語の資料のattachment より)
東京と福島の距離を図で示したり、海洋モニタリングの結果では沖合では2011年4月5月以降は環境省が定めた指針の放射性セシウム10Bq/L以下であるという事をグラフを用いて示しています。

(9/6にIAEAに提出した英語の資料のattachment より)
また、港湾内というのはどこかというと、この下の図にあるように福島第一原発に作った港湾の内側(色のついたエリア全て)のことを意味します。このエリアの面積が約300,000m2=0.3km2なのです。

(8/30 第5回汚染水WG資料 より)
さて、この英語の資料にはどう書いてあるかというと、下記のように書いてあります。
"Radioactive influence in the sea water was only observed in the limited area of the plant, (smaller than 0.3 km2), for instance total beta activity in other points of the plant port and open sea was below the detection limit, or similar. Of course, no problem happens in the sea at Tokyo which is located about 200 km away from Fukushima Daiichi NPS."
該当する日本語の資料の仮訳では、下記のようになっています。
「ただし、海水中の有意な放射線濃度は、港湾(0.3km2)のプラント付近でのみ観測されており、それ以外ではほぼ検出限界未満である。もちろん、約200km離れている東京には全く問題は無い。」
これを読めば、安倍首相がIOC総会の質疑でした回答は、まさにこの部分を「汚染水の影響は港湾内の0.3Km2の限られた範囲内でしか観測されない」を元にしていることがわかると思います。
3.安倍首相の政治的発言は失敗か?
このブログでは、基本的に政治的な発言をするつもりはありません。できるだけ客観的に事実を伝えることを目的としています。ただ、今回の一連の報道、騒ぎのどこが問題なのか、もっと他に目を向けるポイントがないのかを以下に述べたいと思います。
最近このブログでは福島第一原発の汚染水の全体像について触れる機会がなかなかなかったので、いい機会ですから、今回は細かいデータをあまり出さずに全体像の話だけをします。
福島第一原発の現状を考えた時に、汚染水の処理は重要な問題です。そして汚染水に関して今回の安倍首相の発言に絡んでくる問題として、大きく分けて2つのポイントがあると思います。まず1点目は汚染水の状況をどれだけ把握して制御(コントロール)できているかということです。2点目は現状では海水や魚介類にどういう影響が出ているか、という問題です。
まず1点目ですが、汚染水の現況がどうなっているのかについては、実態としてはおそらく東京電力も、地下水がどれだけ汚染されていて、どこに汚染源があるのか把握していないと思います。また、これまでコストをかけずにタンクを作ってきたため、いつまた同様のタンクからの漏えいがあるかも全くわからない状況です。
従って、今年4月の地下貯水槽に始まって5月に発覚した護岸付近の地下水の汚染、8月のH4エリアの漏洩事故と予想外の事態が次々に起きてその対応に振り回されているというのが実情です。Srなどを処理できるALPS(多核種除去設備)も規制庁から半年近く待ったをかけられた(「放射能汚染水情報アップデート ALPSの稼働をめぐる部分最適の是非(1)」参照)上に、実地試験(ホット試験)中にトラブルがあり、2ヶ月ほど停止して今月末からやっと再開できるだろうという状況で、予定通りには全く進んでいません。今後も汚染水についてはおそらく想定外の事態が次々と起こるでしょう。
従って「under control(コントロールされている)」という安倍首相の英語プレゼンでの表現は、それが汚染水管理の現況を指したものであるならば正しくありません。ただ、これがそもそもどういう意味で発言されたのかは確認してみないとわかりません(違う意味だという説もあるようです)。
次に2点目です。現状の海水の状態がどうなっているかは、今回は詳しく述べませんが、コンタンさん作の「海への汚染水漏れの影響は、どの程度なのか?」というtogetterのまとめを読んでいただければ、海水については政府の発表した通りであることはおわかりいただけるはずです。
沖合の海水に出ている影響としては、本来ならば2年も経てばCs-137が事故前の0.001Bq/L程度に戻るはずなのが継続的に出続けることによって0.01Bq/L程度で下げ止まっている程度でしかありません。そしてこの程度のレベルならば、断言はできませんが、魚介類への影響もほとんど出ない可能性が高いと思います。
ですから、少なくとも海水について言えば
「汚染水の影響は港湾内の0.3km2の限られた範囲内でしか観測されない」
というのは正しいということを理解していただきたいと思います。なお、T-1という、港湾外にありながら5、6号放水口北30mにあるため、港湾内の影響を強く受けるモニタリング地点があるのですが、そういう細かい議論はここでは除きます(東電はここを境界域と呼んでいるそうですが)。
ただ、安倍首相は質疑においてこの文章をもっと強く言い切りたいためか、
「汚染水の影響は港湾内の0.3km2(の限られた範囲内)で完全にブロックされている」
と発言してしまいました。これは完全に政治的な発言だと思います。そしてこの「完全にブロック」という発言によって、多くの人が
「汚染水は港湾内の0.3km2(の限られた範囲内)で完全にブロックされている」
と勘違いしてしまいました。そこで、水が港湾内で物理的にブロックされるはずがないとか、そもそも潮汐で交換があると東電もいっているじゃないかとか、誤解に基づいた発言が多く出ていたのはみなさんご存じの通りです。
ですが、これまで書いてきたように、「汚染水は」完全にブロックされているとは安倍首相は言っていませんし、経産省の資料にもそのようなことはひと言も書いてありません。あくまで「汚染水の影響は」完全にブロックされているというのが安倍首相の発言です。この「影響」が入るかどうかで発言の意味は全く違います。ちょっと言い切り過ぎの感はありますが、海水のデータを見る限り全くの間違いではありません。へたに「完全にブロック」と言ってしまったがために、「汚染水がブロックされる」という短絡的なイメージを多くの日本人に与えてしまい、誤解に基づいた議論が行われているのです。
また、現在の汚染水の影響がどこまで広がっているかという話と、現在汚染水の状況をコントロールできているかどうかという話は全く独立した別の話であるのに、それを「完全にコントロール」という造語が生まれてしまったためにごちゃ混ぜにして議論している人がほとんどです。この現状を私は残念に思います。安倍首相の「完全にブロック」発言は、IOC委員向けにオリンピックを呼び込むためには成功だったかもしれませんが、国内向けには失敗だったのではないでしょうか。
4.母なる海の偉大さ
東電が今年の7月に、2011年の大きな漏洩事故以降も汚染水が地下水と混ざって海に漏えいしていた可能性が高いと認めましたが、東電が認める認めないに関わらず汚染水は少しずつ海へ流出してきました。そしてこれは陸側遮水壁などが完成してうまく稼働して、完全に汚染水の流出をコントロールできるようになるまで続きます。それまで何年(最短でも2年)かかるでしょうか。これが現実です。
一方で、その継続的な流出による影響がどれくらいあったのか、ということを評価してみると、2011年4月の海洋漏洩事故の影響があまりにも大きすぎて、それから考えると無視できる程度の汚染でしかないというのも現実なのです。もちろん底魚などではまだ規制値を超えるセシウムが検出されるといった問題があり、そのために福島県の漁業がいまだに大きな被害を被っているのは事実ですが、それは流出が続いているからというよりは、主に2年前の海洋漏洩事故の影響をまだ引きずっているという方が正しいと思います。
そう書くと、「でも東電のシミュレーションでも大量にCsやSrが出ているってなってるじゃない!」とお感じになる方がいると思うので、ここだけは数字を用いて説明しておきます。
8/30の第5回汚染水対策WGにおいて出された資料から引用しますが、CsもSrもだいたい10の10乗Bq/日=100億ベクレル/日が海に流出しているというのが東電の試算です。そしてこれは外部の論文などと比べても大きく異なるものではありません。

(8/30 第5回汚染水WG資料 より)
とすると、現状ではCsの流出量は約10の10乗、すなわち100億ベクレル/日ということになります。それに2011年5月から2年半の日数をかけると総量ではその1000倍近く、つまり10の13乗ベクレル=10兆ベクレルという事になりますが、ここでは総量で考えてはいけません。あくまで一日あたりの流出量で比較したいと思います。
一方、2011年4月に起きた2号機からの汚染水流出事故の時はどうだったかというと、当時の東電の報告書から計算すると、約1.8×10の14乗=約180兆ベクレル/日のCsが流出していたことになります。東電の試算ではそれが2011年4月1日から6日まで5日間続いたとしていますので、総量ではその5倍ですが、ここでも総量ではなく1日あたりの流出量で考えます。Srについては正確なデータはありませんが、その当時のタービン建屋にあったSrの量から考えるとその1/20で約10の13乗のオーダー/日が流出したと思います。

さて、上の表に以上の話をまとめてみました。重要なのは総量ではありません。総量で考えると、2011年4月の2号機からの漏洩事故と比べてCs-137で1/50、Sr-90で1/5という計算になります。だからあの時と同じ程度の影響が出てもおかしくないことになります。でも、海には潮汐や海流があるため、海に流れ出した放射性物質は毎日大きく希釈されます。ですから、単位時間あたり、例えば1日あたりの流出量で考えないといけないのです。そして1日あたりの流出量で比較して考えると、現在のデータは納得がいくものなのです。
1日あたりの流出量で比較すると、現在の流出量は、Cs-137では2011年4月当時の1/10000、Sr-90でも1/900ということになり、現在の流出量は1000倍から10000倍濃度が低いのです。この事はあまり指摘されていないので頭に入れておく必要があります。そして、偉大なる海は放射性物質を海流に載せて拡散してくれるため、現在くらいの濃度であれば、沖合の海水としては0.01Bq/L程度しか影響が出ないのです。
2011年4月から5月頃、福島第一原発の15km沖合では数10Bq/Lから数100Bq/LのCs-137が観測されていましたから、Cs-137で1万分の1というのはオーダー的にもだいたい合っています。2011年5月以降の流出量は、総量としてみたらかなり大きなものですが、海で希釈される効果を考えると魚介類に対して大きな影響を与えるものではないことが容易に予想されます。
同じ量の放射性物質が海に流出するにしても、高濃度で数日間で流出するのと、1年以上かかって徐々に放出されるのでは海に与える影響が全く違うということを今回の例でご理解いただけると思います。
5.最後に
私は海で希釈されるから流出が続いていてもいいと言っているつもりはありません。あくまで客観的なデータに基づき、現在の状況がどうなっているのか、そして経産省の作った英語の情報提供の内容が正しいかどうかを見てきただけです。安倍首相の発言は、その内容を更に踏み込んだ政治的な発言をしてしまいましたので、その是非は問われる部分がありますが、海の希釈力の強さに助けられて、結果的に「汚染水の影響は港湾内にブロック」されているのは間違いありません。決して「コントロール」されているから汚染水の影響が港湾内でしか見られないのではなく、海に助けられているだけなのです。
しかし、こういった客観的なデータも見ずに、汚染水が海に出ているという報道があっただけで福島県の試験操業も自粛に追い込まれるというような反応がいつまでも出ることに対しては非常に残念に思います。また、今回のIOC総会の首相発言も、「完全にブロック」という言葉を使ってしまったがために「汚染水のブロック」に議論が行ってしまい、「汚染水の影響は海ではどこまで出ているのか、港湾内で本当にブロックされているのか」という議論にならなかったことが非常に残念です。
マスコミ報道においても、本当に汚染水の影響が出ているのかいないのか、そういう検証をしているものを見た記憶がほとんどありません。どちらかというと、もう一つの「コントロール」発言の是非(これは明らかにコントロールされていませんが)が問題となり、その一環として「汚染水のブロック」を議論するという流れになってしまっています。
もちろん、1つめのポイントの「コントロール」の話は重要です。現状では海への影響はこのレベルで済んでいますが、もしまた大きい地震が起こって、今あるタンクから全部水があふれ出すといった事態になれば、2011年4月以上の大きな海洋漏洩事故になる可能性は高いです。そういう意味で、汚染水のコントロールをしっかりする、いや私たち国民の側からすると「コントロールさせる」ということは重要です。
そしてそのためにも、2011年から今までいったい何が起こっていて、それによってどこから汚染水がリークしているのか、ということを突き止めていくことは重要なのです。私が2年半前の2号機からの海洋漏えいにこだわっているのもその理由からです。現在はこのレベルの汚染水流出であっても、実はすでに地下水中に流れ出しているが海には到達していない汚染水が大量にあるのかもしれません。だとすると半年後にはもっと海水の汚染も高くなるかもしれません。そういったことも東電は自分からは積極的には調査しませんので、規制庁の圧力でいろいろな調査ポイントを設けさせて地下水のデータが出てきているのは進歩だと思います。
今後は国が前面に出ると安倍首相は国際社会に向かって約束しましたが、本当にそれがうまく実行されるのか、例えば経産省と規制庁がうまく役割分担をできるのか、東電と国で責任の押し付け合いをしないのか、私たちが監視をし続ける必要があります。この問題は、国民の関心がなくなるとおそらくまた今までのような形になってしまうでしょうから、一人でも多くの人に長期間にわたってこの問題をフォローしていって欲しいと思います。
私自身は、今後も可能な限りこの汚染水の問題は追い続けるつもりです。そして完全にコントロールされるようになったと確信できる時までは続けたいと思います。きっとまだ2年以上はかかる長い話だと思いますが。
9/7のブエノスアイレスで行われた第125回のIOC総会において、東京はトルコのイスタンブール、スペインのマドリッドを破って2020年のオリンピック開催都市に選ばれました。
8月中旬まで、(消去法で)東京が有利という下馬評が高かったようですが、ちょうど8月下旬に福島第一原発のH4エリアにおいて最大300トンの汚染水が漏れ出した(詳細は「汚染水タンクから最大300トンの漏えい!(5) 地下水バイパスもピンチ!」など参照)という事故があり、海外メディアでこの問題が大きく取り上げられました。
そして初めは日本政府がこの問題に対してしっかりと英語で情報発信をしなかったため、この問題はオリンピック招致にも影響しかねない状況になりました。IOC総会直前に開かれた9/4の記者会見でも6つの質問のうち4つが福島の汚染水問題に集中しました。
安倍首相も現地入りして、現地の状況を聞いて汚染水問題は正面から取り上げる必要があるという方針に転換したそうです。そして最後の英語のプレゼンにおいて、その後多くの日本のマスコミが取り上げる注目すべき発言を行いました。IOCのサイトの動画(Presentation by Tokyo, Japan)の33分頃に載っています。

(IOCのサイトよりキャプチャ)
"Some may concern about Fukushima. Let me assure you, the situation is under control. It has never done and will never do any damage to Tokyo."
この中でも特に「状況はコントロールされている」という表現が、後に出てくる質疑での「完全にブロック」と合成されて、「状況は完全にコントロールされている」という誰も言っていない言葉が生まれ、ネットなどで一人歩きしています。
そして、質疑応答において福島原発の状況についてなぜ安全と言えるのか技術的に説明して欲しいという質問が出ました。それに対して、今度は日本語で以下のように回答しています。
(1) 汚染水の影響は、港湾内0.3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされている。
(2) 放射性物質の数値は最大でも、世界保健機関(WHO)の飲料水水質ガイドラインの500分の1である。
(3) 食品や水からの被ばく量はどの地域も基準(年間1ミリシーベルト)の100分の1である。
ここでは(2)と(3)については省略して以下に(1)の一番問題になった発言について取り上げたいと思います。
経緯の続きを書くと、結果的にこの安倍首相の発言もあってかどうかはわかりませんが、東京は2020年のオリンピック開催都市として選ばれました。
その後、この「コントロール」をめぐって、13日に民主党が東電の山下フェローからコントロールできていないという発言を引き出して東電と政府が違う認識である、というような話もありました。
また、昨日も猪瀬直樹知事の記者会見中のひと言が切り取られて「コントロールされていない」と言ったというニュースが飛び交いました。いつまでこの話をこの観点からの議論で引っ張るのだろうか、というのが率直な私の印象です。
2.「0.3km2」はどの資料から来たのか?
私はこの総会直前に、日本政府がIAEAに対して送った英語の説明の資料を読んでいましたので、この0.3km2の出所はすぐにわかりました。8月末から政府が前面に出るということを表明し、多くの会議体が作られました。それについては「あまりにも多くなりすぎた汚染水の会議体を整理します。」にまとめてありますから是非お読みください。
ここでは詳しくはくり返しませんが、政府は9/3の第32回原子力災害対策本部会議において「汚染水問題に関する基本方針」をまとめました。
また、この基本方針に基づいていろいろの会議体が作られていますが、首相官邸のHPに「汚染水問題への対応」というページが新設され、そこの「汚染水の状況」という欄に「経済産業省「東京電力(株)福島第一原発の汚染水問題について」」というpdfがあり、例の「0.3km2」という表現も出ています。

(首相官邸HP 東京電力(株)福島第一原発の汚染水問題について より)
ただし、これは「仮訳」という注釈がついていることでもわかるように、まず最初に英語で発信されて、それを後で日本語版として首相官邸のHPに公開したものです。私が9/8に探した時はこのファイルはありませんでした(実際、このpdfファイルのプロパティを見ると9/13 21:25:20でした)。
この元になる英語の文書は、先ほどご紹介したIAEAに送った"Overview"にあります。9月3日付です。
この資料には、日本語版にはないような添付資料もそえられています。

(9/6にIAEAに提出した英語の資料のattachment より)
東京と福島の距離を図で示したり、海洋モニタリングの結果では沖合では2011年4月5月以降は環境省が定めた指針の放射性セシウム10Bq/L以下であるという事をグラフを用いて示しています。

(9/6にIAEAに提出した英語の資料のattachment より)
また、港湾内というのはどこかというと、この下の図にあるように福島第一原発に作った港湾の内側(色のついたエリア全て)のことを意味します。このエリアの面積が約300,000m2=0.3km2なのです。

(8/30 第5回汚染水WG資料 より)
さて、この英語の資料にはどう書いてあるかというと、下記のように書いてあります。
"Radioactive influence in the sea water was only observed in the limited area of the plant, (smaller than 0.3 km2), for instance total beta activity in other points of the plant port and open sea was below the detection limit, or similar. Of course, no problem happens in the sea at Tokyo which is located about 200 km away from Fukushima Daiichi NPS."
該当する日本語の資料の仮訳では、下記のようになっています。
「ただし、海水中の有意な放射線濃度は、港湾(0.3km2)のプラント付近でのみ観測されており、それ以外ではほぼ検出限界未満である。もちろん、約200km離れている東京には全く問題は無い。」
これを読めば、安倍首相がIOC総会の質疑でした回答は、まさにこの部分を「汚染水の影響は港湾内の0.3Km2の限られた範囲内でしか観測されない」を元にしていることがわかると思います。
3.安倍首相の政治的発言は失敗か?
このブログでは、基本的に政治的な発言をするつもりはありません。できるだけ客観的に事実を伝えることを目的としています。ただ、今回の一連の報道、騒ぎのどこが問題なのか、もっと他に目を向けるポイントがないのかを以下に述べたいと思います。
最近このブログでは福島第一原発の汚染水の全体像について触れる機会がなかなかなかったので、いい機会ですから、今回は細かいデータをあまり出さずに全体像の話だけをします。
福島第一原発の現状を考えた時に、汚染水の処理は重要な問題です。そして汚染水に関して今回の安倍首相の発言に絡んでくる問題として、大きく分けて2つのポイントがあると思います。まず1点目は汚染水の状況をどれだけ把握して制御(コントロール)できているかということです。2点目は現状では海水や魚介類にどういう影響が出ているか、という問題です。
まず1点目ですが、汚染水の現況がどうなっているのかについては、実態としてはおそらく東京電力も、地下水がどれだけ汚染されていて、どこに汚染源があるのか把握していないと思います。また、これまでコストをかけずにタンクを作ってきたため、いつまた同様のタンクからの漏えいがあるかも全くわからない状況です。
従って、今年4月の地下貯水槽に始まって5月に発覚した護岸付近の地下水の汚染、8月のH4エリアの漏洩事故と予想外の事態が次々に起きてその対応に振り回されているというのが実情です。Srなどを処理できるALPS(多核種除去設備)も規制庁から半年近く待ったをかけられた(「放射能汚染水情報アップデート ALPSの稼働をめぐる部分最適の是非(1)」参照)上に、実地試験(ホット試験)中にトラブルがあり、2ヶ月ほど停止して今月末からやっと再開できるだろうという状況で、予定通りには全く進んでいません。今後も汚染水についてはおそらく想定外の事態が次々と起こるでしょう。
従って「under control(コントロールされている)」という安倍首相の英語プレゼンでの表現は、それが汚染水管理の現況を指したものであるならば正しくありません。ただ、これがそもそもどういう意味で発言されたのかは確認してみないとわかりません(違う意味だという説もあるようです)。
次に2点目です。現状の海水の状態がどうなっているかは、今回は詳しく述べませんが、コンタンさん作の「海への汚染水漏れの影響は、どの程度なのか?」というtogetterのまとめを読んでいただければ、海水については政府の発表した通りであることはおわかりいただけるはずです。
沖合の海水に出ている影響としては、本来ならば2年も経てばCs-137が事故前の0.001Bq/L程度に戻るはずなのが継続的に出続けることによって0.01Bq/L程度で下げ止まっている程度でしかありません。そしてこの程度のレベルならば、断言はできませんが、魚介類への影響もほとんど出ない可能性が高いと思います。
ですから、少なくとも海水について言えば
「汚染水の影響は港湾内の0.3km2の限られた範囲内でしか観測されない」
というのは正しいということを理解していただきたいと思います。なお、T-1という、港湾外にありながら5、6号放水口北30mにあるため、港湾内の影響を強く受けるモニタリング地点があるのですが、そういう細かい議論はここでは除きます(東電はここを境界域と呼んでいるそうですが)。
ただ、安倍首相は質疑においてこの文章をもっと強く言い切りたいためか、
「汚染水の影響は港湾内の0.3km2(の限られた範囲内)で完全にブロックされている」
と発言してしまいました。これは完全に政治的な発言だと思います。そしてこの「完全にブロック」という発言によって、多くの人が
「汚染水は港湾内の0.3km2(の限られた範囲内)で完全にブロックされている」
と勘違いしてしまいました。そこで、水が港湾内で物理的にブロックされるはずがないとか、そもそも潮汐で交換があると東電もいっているじゃないかとか、誤解に基づいた発言が多く出ていたのはみなさんご存じの通りです。
ですが、これまで書いてきたように、「汚染水は」完全にブロックされているとは安倍首相は言っていませんし、経産省の資料にもそのようなことはひと言も書いてありません。あくまで「汚染水の影響は」完全にブロックされているというのが安倍首相の発言です。この「影響」が入るかどうかで発言の意味は全く違います。ちょっと言い切り過ぎの感はありますが、海水のデータを見る限り全くの間違いではありません。へたに「完全にブロック」と言ってしまったがために、「汚染水がブロックされる」という短絡的なイメージを多くの日本人に与えてしまい、誤解に基づいた議論が行われているのです。
また、現在の汚染水の影響がどこまで広がっているかという話と、現在汚染水の状況をコントロールできているかどうかという話は全く独立した別の話であるのに、それを「完全にコントロール」という造語が生まれてしまったためにごちゃ混ぜにして議論している人がほとんどです。この現状を私は残念に思います。安倍首相の「完全にブロック」発言は、IOC委員向けにオリンピックを呼び込むためには成功だったかもしれませんが、国内向けには失敗だったのではないでしょうか。
4.母なる海の偉大さ
東電が今年の7月に、2011年の大きな漏洩事故以降も汚染水が地下水と混ざって海に漏えいしていた可能性が高いと認めましたが、東電が認める認めないに関わらず汚染水は少しずつ海へ流出してきました。そしてこれは陸側遮水壁などが完成してうまく稼働して、完全に汚染水の流出をコントロールできるようになるまで続きます。それまで何年(最短でも2年)かかるでしょうか。これが現実です。
一方で、その継続的な流出による影響がどれくらいあったのか、ということを評価してみると、2011年4月の海洋漏洩事故の影響があまりにも大きすぎて、それから考えると無視できる程度の汚染でしかないというのも現実なのです。もちろん底魚などではまだ規制値を超えるセシウムが検出されるといった問題があり、そのために福島県の漁業がいまだに大きな被害を被っているのは事実ですが、それは流出が続いているからというよりは、主に2年前の海洋漏洩事故の影響をまだ引きずっているという方が正しいと思います。
そう書くと、「でも東電のシミュレーションでも大量にCsやSrが出ているってなってるじゃない!」とお感じになる方がいると思うので、ここだけは数字を用いて説明しておきます。
8/30の第5回汚染水対策WGにおいて出された資料から引用しますが、CsもSrもだいたい10の10乗Bq/日=100億ベクレル/日が海に流出しているというのが東電の試算です。そしてこれは外部の論文などと比べても大きく異なるものではありません。

(8/30 第5回汚染水WG資料 より)
とすると、現状ではCsの流出量は約10の10乗、すなわち100億ベクレル/日ということになります。それに2011年5月から2年半の日数をかけると総量ではその1000倍近く、つまり10の13乗ベクレル=10兆ベクレルという事になりますが、ここでは総量で考えてはいけません。あくまで一日あたりの流出量で比較したいと思います。
一方、2011年4月に起きた2号機からの汚染水流出事故の時はどうだったかというと、当時の東電の報告書から計算すると、約1.8×10の14乗=約180兆ベクレル/日のCsが流出していたことになります。東電の試算ではそれが2011年4月1日から6日まで5日間続いたとしていますので、総量ではその5倍ですが、ここでも総量ではなく1日あたりの流出量で考えます。Srについては正確なデータはありませんが、その当時のタービン建屋にあったSrの量から考えるとその1/20で約10の13乗のオーダー/日が流出したと思います。

さて、上の表に以上の話をまとめてみました。重要なのは総量ではありません。総量で考えると、2011年4月の2号機からの漏洩事故と比べてCs-137で1/50、Sr-90で1/5という計算になります。だからあの時と同じ程度の影響が出てもおかしくないことになります。でも、海には潮汐や海流があるため、海に流れ出した放射性物質は毎日大きく希釈されます。ですから、単位時間あたり、例えば1日あたりの流出量で考えないといけないのです。そして1日あたりの流出量で比較して考えると、現在のデータは納得がいくものなのです。
1日あたりの流出量で比較すると、現在の流出量は、Cs-137では2011年4月当時の1/10000、Sr-90でも1/900ということになり、現在の流出量は1000倍から10000倍濃度が低いのです。この事はあまり指摘されていないので頭に入れておく必要があります。そして、偉大なる海は放射性物質を海流に載せて拡散してくれるため、現在くらいの濃度であれば、沖合の海水としては0.01Bq/L程度しか影響が出ないのです。
2011年4月から5月頃、福島第一原発の15km沖合では数10Bq/Lから数100Bq/LのCs-137が観測されていましたから、Cs-137で1万分の1というのはオーダー的にもだいたい合っています。2011年5月以降の流出量は、総量としてみたらかなり大きなものですが、海で希釈される効果を考えると魚介類に対して大きな影響を与えるものではないことが容易に予想されます。
同じ量の放射性物質が海に流出するにしても、高濃度で数日間で流出するのと、1年以上かかって徐々に放出されるのでは海に与える影響が全く違うということを今回の例でご理解いただけると思います。
5.最後に
私は海で希釈されるから流出が続いていてもいいと言っているつもりはありません。あくまで客観的なデータに基づき、現在の状況がどうなっているのか、そして経産省の作った英語の情報提供の内容が正しいかどうかを見てきただけです。安倍首相の発言は、その内容を更に踏み込んだ政治的な発言をしてしまいましたので、その是非は問われる部分がありますが、海の希釈力の強さに助けられて、結果的に「汚染水の影響は港湾内にブロック」されているのは間違いありません。決して「コントロール」されているから汚染水の影響が港湾内でしか見られないのではなく、海に助けられているだけなのです。
しかし、こういった客観的なデータも見ずに、汚染水が海に出ているという報道があっただけで福島県の試験操業も自粛に追い込まれるというような反応がいつまでも出ることに対しては非常に残念に思います。また、今回のIOC総会の首相発言も、「完全にブロック」という言葉を使ってしまったがために「汚染水のブロック」に議論が行ってしまい、「汚染水の影響は海ではどこまで出ているのか、港湾内で本当にブロックされているのか」という議論にならなかったことが非常に残念です。
マスコミ報道においても、本当に汚染水の影響が出ているのかいないのか、そういう検証をしているものを見た記憶がほとんどありません。どちらかというと、もう一つの「コントロール」発言の是非(これは明らかにコントロールされていませんが)が問題となり、その一環として「汚染水のブロック」を議論するという流れになってしまっています。
もちろん、1つめのポイントの「コントロール」の話は重要です。現状では海への影響はこのレベルで済んでいますが、もしまた大きい地震が起こって、今あるタンクから全部水があふれ出すといった事態になれば、2011年4月以上の大きな海洋漏洩事故になる可能性は高いです。そういう意味で、汚染水のコントロールをしっかりする、いや私たち国民の側からすると「コントロールさせる」ということは重要です。
そしてそのためにも、2011年から今までいったい何が起こっていて、それによってどこから汚染水がリークしているのか、ということを突き止めていくことは重要なのです。私が2年半前の2号機からの海洋漏えいにこだわっているのもその理由からです。現在はこのレベルの汚染水流出であっても、実はすでに地下水中に流れ出しているが海には到達していない汚染水が大量にあるのかもしれません。だとすると半年後にはもっと海水の汚染も高くなるかもしれません。そういったことも東電は自分からは積極的には調査しませんので、規制庁の圧力でいろいろな調査ポイントを設けさせて地下水のデータが出てきているのは進歩だと思います。
今後は国が前面に出ると安倍首相は国際社会に向かって約束しましたが、本当にそれがうまく実行されるのか、例えば経産省と規制庁がうまく役割分担をできるのか、東電と国で責任の押し付け合いをしないのか、私たちが監視をし続ける必要があります。この問題は、国民の関心がなくなるとおそらくまた今までのような形になってしまうでしょうから、一人でも多くの人に長期間にわたってこの問題をフォローしていって欲しいと思います。
私自身は、今後も可能な限りこの汚染水の問題は追い続けるつもりです。そして完全にコントロールされるようになったと確信できる時までは続けたいと思います。きっとまだ2年以上はかかる長い話だと思いますが。
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