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デング熱の約70年ぶりの国内感染をめぐる1週間の動きについて

 
デング熱といえば、日本においては海外に旅行した人が持ち帰るいわゆる輸入感染症の代表例でしたが、2014年8月27日に約70年ぶりに国内での感染が確認されました。その後も9月になってからも感染者数は増え続け、9月5日現在で66名となっています。幸いなことに重症化した重症型デング(デング出血熱)になった人はいないようですが、この病原ウイルスを媒介する蚊がいると確認された代々木公園以外で蚊にさされた人も見つかるなど、実はひそかに都内で広がっていた可能性もあります。

自分自身の知識の確認のために調べたことを忘れないうちにまとめます。内容にはできるだけ正確を期していますが、もし間違い等あればご指摘ください。



1. デング熱と蚊

デング熱の基本的な事についてはマスコミでかなり報道されているため、みなさんすでにご存じと思います。詳しく知りたい方のために、現時点で最新情報が載っている感染症研究所の「IDWR 2014年第34号<注目すべき感染症> デング熱の国内感染症例について」を紹介しておきますが、病原体は菌ではなくウイルスであること、蚊が媒介する病気であることはまず押さえておく必要があります。蚊自体はいわゆるベクター(運び屋)なので、蚊の中でウイルスは増殖しますが蚊がデング熱になることはありません。

蚊の中で増殖したウイルスは蚊の唾液腺に入るため、ウイルスを保有しているメスの蚊が人の血を吸うときに、ウイルスが蚊から人に移行します。人→蚊→人→蚊→人  というサイクルをくり返すわけです。

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(横浜市衛生研究所HP デング熱・デング出血熱について より)

ここで重要な事は、人から人への感染というのは基本的にない(文献的には妊婦から生まれた新生児に垂直感染した例の報告はありますがまれなケースでしょう)こと、また、蚊から蚊へのウイルスの伝達というのもないことです。ウイルスを保有しているメスの蚊は卵を産みますが、蚊から蚊へ卵を経由して感染したという例はないということです。

ただし、これについても先ほどの横浜市のHPでは卵経由の感染がないとは断言していませんし、文献的には蚊のオスをたくさんつかまえてきてオスからデングウイルスが検出されたという報告がありますので、全く垂直感染がないということではないようです。
(ちなみに私はこの文献を読んで、蚊で血を吸うのはメスだけだった、という基本的な事実を改めて思い出しました。ふだんはオスもメスも花の蜜や樹液を吸っているそうですが、メスだけは産卵のために血を吸うということです。ですからオスからウイルスが検出されたということは卵を経由してしかあり得ないのですよね。)

蚊について調べていると、日本には蚊は100種類くらいいるが、血を吸う蚊は主に3種類であるということもわかりました。アカイエカ、チカイエカ、ヒトスジシマカ(ヤブ蚊)の3種だけ覚えておけばよいようです。アカイエカとチカイエカは見た目はよく似ていてほとんど見分けがつかないようです。夜に刺すのはアカイエカで、昼に刺すのはヒトスジシマカということです。

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名古屋市HP より)
(ちなみに、ヒトスジシマカの名前は、背中に縦に入っている一本の白い縦のスジと、足の関節にある白と黒の縞模様から来たということも改めて学びました。感染研HPの衛生昆虫写真館にはいろんな蚊の写真があります。)

デング熱の原因ウイルスであるデングウイルスを媒介できる蚊は、日本ではヒトスジシマカです。熱帯地方ではネッタイシマカという蚊がデング熱を媒介することが知られています。なお、この二つの蚊はチクングニア熱というデング熱と似たような高熱を発する病気の原因ウイルス(チクングニアウイルス)を媒介することも知られています。

話が脱線しますが、先ほどのアカイエカ日本脳炎を媒介することで有名ですが、それ以外にも10年ほど年前から夏にアメリカでも発生しているウエストナイル熱の原因ウイルスであるウエストナイルウイルスを媒介することが知られています。

また、蚊が媒介する病気で一番有名なものがマラリアですが、マラリアを媒介するのは日本には今はいないハマダラカという蚊です。


2. デングウイルスに感染したら?

デングウイルスは人の体内に入ると皮膚の中の樹状細胞と呼ばれる細胞で増えたあと、単球・マクロファージ系の細胞で増えると考えられていますが、詳細はわかっていません。

しかし、白血球の一種であるマクロファージに感染するということは、感染者の血液を取ってくればウイルス感染を判別できるということなのです。実際、厚労省が自治体向けに作成している手引きにも血清を1ml採取して確定診断するとなっています。ウイルスのNS1というタンパク質を直接検出する方法や、ウイルスが感染することによって免疫反応によってできる抗体を検出する方法が一般に用いられているようです。また、最近では遺伝子解析が簡単にできるようになりましたので、PCRという遺伝子を増幅する方法を用いて検出する方法も取られています。

臨床の症状としてはデング熱と重症型デング(デング出血熱)の二種類があります。デング熱は「感染3〜7日後、突然の発熱で始まり、頭痛特に眼窩痛・筋肉痛・関節痛を 伴うことが多く、食欲不振、腹痛、便秘を伴うこともある。発熱のパターンは二相性になることが多いようである。発症後、3〜4日後より胸部・体幹から始ま る発疹が出現し、四肢・顔面へ広がる。これらの症状は1週間程度で消失し、通常、後遺症なく回復する。」(国立感染症研究所HP デング熱とは より)で、ほとんどの人はこちらになるようです。

ところが、まれに重症型デングになる場合があり、こちらの場合は最悪の場合は死に至ることがあります。これは、デングウイルスに4つの血清型(1型、2型、3型、4型)があることに由来するようです。たとえば1型にかかった場合、1型に対しては終生免疫を獲得しますが、 他の血清型に対する交叉防御免疫は数ヶ月で消失し、その後は他の型(この場合は2型、3型、4型)に感染しうる。この再感染時にデング出血熱になる確率が高くなると言われているのです。

今回のケースでは、8/28に厚労省から最初の3名は全て1型であると発表があり、9/1に発表された22名の患者は全て1型であることが報道されていますし、その後も違う型のウイルスが検出されたという情報はありません。今回の患者の中で過去に海外で2型や3型のデング熱に感染した人がいない限り、重症型デングになることはないのだと思われます。

現在、デング熱に対する薬やワクチンはありません。基本的には対症療法になります。フランスの製薬会社サノフィは9/3、ワクチンの臨床試験でいい結果が出たので来年に実用化することを目指すと発表しました。一方、日本の医学生物学研究所は9/5にデング熱の原因となるウイルスの増殖を抑える抗体の開発に成功したと発表しました。こちらはまだ実用化はだいぶ先になる事と思います。


3. 今回のデング熱発生における疫学調査のすばらしさ

ところで、すでにみなさん報道でよくご存じのように、今回の一連のデング熱は代々木公園で蚊に刺されて感染したということがわかっています。9/4の集計の段階までは、デング熱と判定された患者は全て8月に代々木公園に行っていたことが分かりました。それを受けて東京都が代々木公園で蚊を採取したところ、10ヶ所中4ヶ所から見つかりました

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(9/4 東京都HP 蚊の病原体保有調査の結果について 別紙 より 上図の1,2,5,10で捕獲した蚊からウイルス検出)

実は8月27日にも同様の事を行ったそうなのですが、その時はウイルスが検出できませんでした。今回、公園内のかなり広い範囲で、複数箇所から検出されたという結果を受けて代々木公園は上図のA地区が9/4午後から当分の間、閉鎖になりました。

しかし、これだけはっきりとした疫学的な因果関係をわずか1週間程度で解明したということは実は素晴らしいことだと私は思います。もちろん、デングウイルスの感染経路は蚊から人へという経路しかないとわかっていたことが大きいと思いますが、最初に8月に3人の患者が見つかった際、確か3人とも同じ学校に通っていて、3人とも代々木公園で蚊に刺されたという情報を引き出せたことがその後の対策と情報提供による新たな患者の発掘につながったのだと思います。そこで、今回最初の事例でどう対応したのかは確認しておきたいと思います。

厚労省のHPから、8/27の第一報では、埼玉県の10代女性がデング熱であると26日に確認された経緯が載っています。

0907-4
8/27 厚労省HP より)

最初に確認されたケースとなった女性は8月20日に突然の高熱を発して入院します。そして、どのような検査が行われてどのような経緯でデング熱を疑ったのか、そこに関してはいずれ時間が経てば明らかになると思いますが、この医療機関は25日にさいたま市にデング熱の疑い事例として報告します。デング熱というのは、感染症法で第4類感染症というものに分類される病気で、デング熱と診断をしたら全例届出をしないといけないことになっています。おそらく最初はデング熱まで考えていなかったのでしょうが、熱がなかなか下がらないなどの要因があって、ひょっとして、と思って届けたのではないかと思います(これは私の単なる推測です)。そして、国立感染症研究所に血液を送って26日に確定診断が出たということなのでしょう。

(9/7追記:)
9/2の東京新聞によると、今回こんなに早くデング熱と診断することができたのは偶然が二つ重なったためということです。
「今回は二つの偶然が重なった。一人目の十代女性を診た医師に、デング熱の患者を診察した経験があり、検査で感染が判明。この女性と同じ学校の生徒二人が感染し、共通の活動場所として代々木公園が浮上した。報道によって、公園に行ったほかの患者らが医療機関に相談し、多くの感染者判明につながった。」(9/2 東京新聞Web より)
(9/7追記ここまで)

デング熱と診断されたこの患者は海外渡航歴がないことから、国内での感染が考えられました。だとしたらどこで?これがもし人から人へ感染するウイルスであれば、特に患者の行動範囲が広ければこんなに早く特定できなかったはずですが、幸いなことに蚊から人にしか感染しないウイルスでしたので、どこで蚊にさされたか?という問いを発することによって代々木公園が候補に挙げられました。この人の行動をみると、8/11と8/14と8/18に代々木公園に行っています。ただ、8/20には発症していますから、潜伏期間(多くは3~7日)から考えて蚊に刺されたのはおそらく8/11か8/14の可能性が高いと思います。

そこで他に代々木公園に行った人で同様に高熱を発した人がいないか、という調査を行ったところ、8/28には同じ学校に通っていて代々木公園に一緒に行った東京の20代の男性埼玉の20代の女性も発熱して医療機関を受診したことがわかりました。この二人ともデング熱であるとかくにんされたわけですが、二人とも代々木公園で蚊に刺されたということから、3人が代々木公園の渋谷門付近で蚊に刺されて感染したものと考えられました。そのため、蚊の捕獲を行いましたがその時には蚊からウイルスは検出されなかったことは先ほど述べました。

このようなニュースが8/28に報道された事を受けて、医療機関からの連絡などがあり、原因不明の発熱があって代々木公園に行ったことがある人が続々とピックアップされてきました。9/4時点の情報を見ると、8月上旬から8/27までに代々木公園に行った人が感染していました。この時点までは例外なく「代々木公園で蚊に刺されて感染」というストーリーで説明できたわけです。

ところが、9/5になると代々木公園に行ったことがない埼玉県の男性も感染していたことが判明します。この人は新宿中央公園で蚊にさされていたということで、ここで感染した可能性が高まりました(ただし9/7時点ではまだ確定していません)。この患者に感染していたウイルスの(血清型ではなく)遺伝子配列を確認したところ、最初の女性患者と一致したことから、ウイルスの感染源は一つで、現在のところ厚労省では誰か一人によって持ち込まれたウイルスが広がっているという見方をしているそうです。

さらに、9/6には都内の男性が代々木公園にも新宿中央公園にも行ったことのないのに感染していたことが判明します。この男性のウイルスの遺伝子配列もこれまでの患者と一致したそうです。

ここにいたり、代々木公園だけではなくかなり広範囲にわたってウイルスを持った蚊がいることがわかってきました。ウイルスに感染した人が別の公園で蚊に刺されたらそこでも感染が広がる可能性があります。これを書いている9/7時点ではこれ以上の情報はわかりませんが、デングウイルスは人から蚊、蚊から人という伝播をかなりくり返して広がっていることが考えられます。調査していないだけで、都内の他の地域、あるいは他の県でも同様のウイルス保有蚊というのはすでに存在しているのかもしれません。外では蚊には刺されないようにするということが当面できる最大の防御策であることは間違いありません。

実は国内での感染の疑いは昨年8月にもあったことが今年1月の厚労省HPに情報が出ています。このケースでは、2013年8月に日本を周遊して帰国した50代のドイツ人女性が帰国後に発熱し、検査の結果デング熱に感染していたということが判明したのです。この場合は今回とは異なりデング2型でした。調査の結果、日本で感染した可能性を否定することはできないという結論になっており、昨年からすでに日本のどこかでデングウイルスを持った蚊がいたという可能性を示唆しています。従って、国内での感染は今年が初めてではないという可能性があります。


普通に考えれば、蚊の活動が収まる10月頃には感染は終息に向かうだろうと予想されるため、大騒ぎする必要はないと考えられます。ただ、今回マスメディアが騒いでデング熱のように蚊が媒介する感染症についての警告を与えてくれたのはいいことだと私は思います。今後は、患者に突然の発熱があった場合に、お医者さんもデング熱やチクングニヤ熱を疑ってかかるケースが増えると思います。これを機会に、今まで軽視されていた輸入感染症が国内で流行する可能性について再検討し、必要な場合には対策を取ってくれればありがたいと思います。

参考:
・厚労省HP デング熱について
・厚労省検疫所HP 感染症についての情報 デング熱
・国立感染症研究所HP デング熱とは
・外務省HP 在外公館医務官情報 各論3 デング熱
・Scitable (nature) デングウイルスに関する解説(英語)
・The Lancet デング熱に関するレビュー(英語) Lancet. 2007 Nov 10;370(9599):1644-52.
など

 
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3.11では、停電・断水のため、一晩避難所で過ごし、震災後の情報収集をきっかけにブログを始めました。
これまで約4年間、原発事故関係のニュースを中心に独自の視点で発信してきました。その中でわかったことは情報の受け手も出し手も意識改革が必要だということです。従って、このブログの大きなテーマは情報の扱い方です。原発事故は一つのツールに過ぎません。

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