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公開された「吉田調書」には何が書いてあったのか?

 
朝日新聞は9/11、政府事故調のヒアリング記録が公開されるのに合わせて社長の記者会見を開き、2014年5月20日に朝日新聞が報道したいわゆる「吉田調書」についての「命令違反での撤退」というスクープ記事を誤りだったとして取り消しました。

このスクープ記事の問題点についてはすでに多くの報道がなされていますが、このスクープがあったからこそ産経新聞などが反論を書き、そのために非公開とされていた政府事故調のヒアリング記録の多くが公開されることになりました。その点だけは評価すべきと思います。

せっかくヒアリング記録が公開されたので、それを読んで朝日新聞の記事(紙面はよんでいないのでWeb記事や特設サイト)との違いを確認してみたいと思います。


1. 政府事故調のヒアリング記録公開に至る経緯

2011年3月に起きた福島第一原発事故の検証を行うために政府が設置した「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」(通称「政府事故調」)は、2012年7月に最終報告書を提出して同年9月28日に廃止されました。

政府事故調では多くの関係者にヒアリングを行いました。しかしながら、この政府事故調の目的は事故原因の原因究明と再発防止が目的であり、責任追及をするのが目的ではありませんでした。失敗学で有名な畑村洋太郎さんが委員長になったことでもわかるように、この事故から多くの教訓を得て、今後に活かす事が目的でした。

そのため、中間報告書最終報告書の元となったヒアリングの記録は原則として非公開(リンク先の2011年7月の申し合わせ参照)という事になっていました。また、ヒアリング記録を「責任追及には使用しない」としていました。

ヒアリングは、2013年に亡くなった故吉田昌男福島第一原発所長(2011年当時)を始め多くの東電社員や、当時の菅元首相枝野元官房長官などの政治家からも行っており、貴重な記録です。しかしながら、原則非公開という方針のため、これまで公開されてきませんでした。

2014年5月に朝日新聞がスクープしたのは、一番の当事者として多くを語ったと期待される故吉田所長の調査記録を朝日新聞が独自に入手し、その内容を調査した結果、「東日本大震災4日後の2011年3月15日朝、福島第一原発にいた東電社員らの9割にあたる、およそ650人が吉田昌郎所長の待機命令に違反し、10キロ南の福島第二原発に撤退した」という内容でした。

原発事故後2011年3月の非常に厳しい状況の中で福島第一原発をなんとか安定化させるまで持っていった約50人の作業員は、それまで「フクシマ・フィフティー」として海外からも高い評価を受けていました。ところがそれは命令違反であったという内容ですから、これが本当のことであれば大スクープになったかもしれません。

しかも、朝日新聞は「吉田調書」というサイトを解説し、ご丁寧にそのサイトの英語版まで作って世界中に発信したのです(現在このサイトは訂正されています。間違っていた部分には赤字で下線が引かれています。)。その結果、海外でもフクシマ・フィフティーの評価を落とすような報道が数多くされています。

しかし、この記事の内容には当初から疑問が投げかけられていました。故吉田所長に直接インタビューして、「死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日」という本も書いているジャーナリストの門田隆将さんは6月9日の週刊ポストで「朝日の記事は「虚報」だ」と反論していました。(この記事は現在、こちらで全文読めるようになっています。)

この前後から、そもそもヒアリング記録が公開されないのがおかしいのではないか、公開すべき、という声があがっていました。しかし、菅官房長官は5月23日の時点では故吉田所長から上申書が出ているため、その意志に従って非公開とする、としていました。

確かにこの上申書には

「・・・私が貴委員会からの聴取を受けた際、自分の記憶に基づいて率直に事実関係を申し上げましたが、時間の経過に伴う記憶の薄れ、様々な事象に立て続けに退所せざるを得なかった事による記憶の混同等によって、事実を誤認してお話ししている部分もあるのではないかと思います。そのため、私が貴委員会に対して申し上げたお話の内容のすべてが、あたかも事実であったかのようにして一人歩きしないだろうか、他の資料やお話ときちんと照らし合わせた上で取り扱っていただけるのであろうかといった危惧も抱いております。・・・」

と書いてあり、国会事故調に対して政府事故調のヒアリング記録を開示することは構わないが、第三者に漏れることがないように厳重に管理して欲しいと記載してあります。当初は本人のこの上申書を楯にして公開を拒否していた政府でしたが、6月になって本人の同意が得られたものについては開示するということに方針を転換しました。そして、同意の得られた19名のヒアリング記録について、9月11日に公開しました。故吉田所長の遺族からも公開について政府の判断に任せるという回答が得られたことで、同日公開されました。

8月18日には産経新聞が門田さんの寄稿を掲載し、反論しました。この朝日vs産経の対立があったことも「吉田調書」の公開へと後押しになったようです。なぜならば、故吉田所長が一番危惧していた「私が貴委員会に対して申し上げたお話の内容のすべてが、あたかも事実であったかのようにして一人歩き」することがすでに起こってしまっていたからです。こうなった以上は、全てを公開して何が正しいかを明らかにすべき、というのは正しい判断だったと思います。


2. 朝日新聞の「吉田調書」報道の誤り

結局、9/11に吉田調書を含む19人分のヒアリング記録が公開されました。それを受けての朝日新聞社長の謝罪会見と記事の取り消しです。

結局、「命令違反で撤退」というのは間違っていたということでこの記事自体が取り消されました。では、公開されたヒアリング記録ではどうなっていたのか、ポイントを見ておきましょう。

なお、できるだけご自分で元の資料を確認していただきたいため、このブログに引用するのは最小限にとどめ、ヒアリング記録の該当箇所を示します。全部読むのは大変でしょうが、関連する部分だけ読むのは比較的楽だと思いますので、ぜひ該当する部分はリンクをたどって読んでいただきたいと思います。

公開された故吉田所長のヒアリング記録は全部で11本に分かれています。全てpdfファイルで、検索などはできるようにはなっていません。なお、全文テキスト化してくれた人もいるのですが、細かい修正をしていないのでこれで読むのはちょっと無理です(検索には使えます)。

0914-1
政府事故調査委員会ヒアリング記録 より)

では、朝日の「吉田調書」サイトにある、「フクシマ・フィフティーの真相」に沿って見ていこうと思いますが、その前に、この2011年3月15日朝の状況を簡単に解説しておきます。

東日本大震災で2011年3月11日に起こった地震(と津波)によって、福島第一原発では全交流電源を喪失します。そのため、通常ならばボタン一つでできる操作が現場に行って弁を開けないとできないという状況に陥りました。その結果、圧力の高い原子炉に水を注入するための手段がほとんどなくなり、燃料のメルトダウンが起こり、12日には格納容器の外に漏れ出た水素によって1号機が水素爆発、14日には3号機が水素爆発をしました。2号機についても危険な状態が続き、14日夜には格納容器自体が爆発するかも、という危険な状況になりました。

詳しくはヒアリング記録や報告書を読んでいただきたいのですが、14日の夜には原子炉の操作に必要な最低限の人間だけを残して一時退避させるということも東電社内では検討されました。それを清水社長が14日夜に首相官邸に伝えますが、その時に例の「撤退する」と言ったかどうかという問題が起こります。そして翌15日の朝5時過ぎに菅首相が直接東京電力本店に乗り込んでいきます。そして東電のTV会議がつながっているところで「撤退などありえない。」と演説をします。そうこうしているうちに朝6時に大きな音がして2号機のサプレッションチャンバーの圧力がゼロになりました。結局その時の音は4号機の爆発だったということになっていますが、これを受けて一部の作業員以外は退避することになりました。

公開されたヒアリング記録の中でこの3/15朝の話にふれているのが下記の3つになります。他のところでも若干関連しますが、朝日の記事に関連するのはこの3箇所を読んでおけば充分でしょう。

2011/7/29 「事故時の状況とその対応について」 55~56ページ
2011/8/9 「事故時の状況とその対応について 4」 56~57ページ
2/11/11/6 「事故時の状況とその対応について」  30~33ページ

では、「フクシマ・フィフティーの真相」の内容を見ていきます。

——— 2号機とは限らないんですが、3月15日の6時から6時10分ころ、その前後の話なんですが、このとき、一つは2号機の圧力抑制室の圧力が急激に低下してゼロになる。それから、このころ、何か。
吉田「爆発音ですね」
——— 音があったと。これは免震重要棟から聞こえたり、感じたりしましたか。衝撃なり音なりというのを。
吉田「免震重要棟には来ていないんです。思い出すと、この日の朝、菅総理が本店に来られるということでテレビ会議を通じて本店とつないでいたんです。我々は免震重要棟の中でテレビ会議を見ながらということでおったら、中操から、あのとき、中操にたまたま行っていたのかよくわからないですけれども、その辺は発電班の班長に聞いてもらった方が、記憶にないんですけれども、要するに、パラメーターがゼロになったという情報と、ぽんという音がしたという情報が入ってきたんですね。免震重要棟の本部席に」
 「私がまず思ったのは、そのときはまだドライウェル圧力はあったんです。ドライウェル圧力が残っていたから、普通で考えますと、ドライウェル圧力がまだ残っていて、サプチャンがゼロというのは考えられないんです。ただ、最悪、ドライウェルの圧力が全然信用できないとすると、サプチャンの圧力がゼロになっているということは、格納容器が破壊された可能性があるわけです。ですから保守的に考えて、これは格納容器が破損した可能性があるということで、ぼんという音が何がしかの破壊をされたのかということで、確認は不十分だったんですが、それを前提に非常事態だと私は判断して、これまた退避命令を出して、運転にかかわる人間と保修の主要な人間だけ残して一回退避しろという命令を出した」

フクシマ・フィフティーの真相」より引用。この部分は2011/7/29 「事故時の状況とその対応について」 55~56ページに対応

ここに記載してあることは確かにその通りで、吉田所長は必要な人間以外は一回退避しろ、という命令を出しています。

その後、「フクシマ・フィフティーの真相」ではこの当時の状況の解説が入り、いかに当時の状況が危険であったか、ということを書いています。そして次にこのヒアリング記録を持ってきます。

吉田「本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内に関わらず、線量の低いようなところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しようがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰って来てくれという話をして、まずはGMから帰ってきてということになったわけです」
——— そうなんですか。そうすると、所長の頭の中では、1F周辺の線量の低いところで、例えば、バスならバスの中で。
吉田「いま、2号機があって、2号機が一番危ないわけですね。放射能というか、放射線量。免震重要棟はその近くですから、ここから外れて、南側でも北側でも、線量が落ち着いているところで一回退避してくれというつもりで言ったんですが、確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。いずれにしても2Fに行って、面を外してあれしたんだと思うんです。マスク外して」
——— 最初にGMクラスを呼び戻しますね。それから、徐々に人は帰ってくるわけですけれども、それはこちらの方から、だれとだれ、悪いけれども、戻ってくれと。
吉田「線量レベルが高くなりましたけれども、著しくあれしているわけではないんで、作業できる人間だとか、バックアップできる人間は各班で戻してくれという形は班長に」

フクシマ・フィフティーの真相」より引用。この部分は2011/8/9 「事故時の状況とその対応について 4」 56~57ページに対応

引用したファイルが違う事でもおわかりのように、この話は全然違う日のヒアリングから取ってきています。確かにここに書いてあることだけを読むといかにも同じ日のヒアリングの内容であるかのように読めますが、実は全く違う時の話をつなげているんですね。

ですが、実際のヒアリング記録ではさきほどの2011/7/29 「事故時の状況とその対応について」 55~56ページの先にどういうことが書いてあるか、話は一部飛びますが、57ページの記述を引用します。
(ヒアリング記録では「質問者」と「回答者」になっていますが、朝日のサイトではわかりやすく質問者を示す「---」と「吉田」になっています。)

回答者 そうです。
質問者 総理たちは、まず、何しに来られていたんで、すか。
回答者 知りませんけれども、叱咤激励に来られたのか何か知りませんが、要は社長、会長以下、取締役が全員うちそろっているところが映っていましたね。おもむろにそこに、ちょっと遅れて、5 時過 ぎか、忘れましたけれども、来られて、何か知らないですけれども、えらい怒ってらしたということで す。要するに、おまえらは何をしているんだということ、ほとんど何をしゃべったかわからないですけれども、気分悪かったことだけ覚えていますから、そういうモードでしゃべっていらしたんでしょう。そのうちに、こんな大人数で話をするために来たんじゃないとかいうことで、場所変えろとか何か喚いていらっしゃるうちに、この事象になってしまったものですから。
質問者 テレビ会議の向こうでそれをやられているときに。
回答者 そうそう。ですから、こっちで退避しますよとか言ってやっていたんです。
質問者 向こうからわかる。
回答者 そのとき、総理はテレピ会議室と別の部屋に行ってらっしゃった。その辺の段取りは今、覚えていないんだけれども、総理が来られるということで、テレビ会議室ではない部屋でやった、そこの画像が最初に映っていたんです。本店の画像で。途中から、場所変えろとか何とか言っている聞にこれが起こって、今度、テレビ会議室とのやりとり、本店本部とのやりとりで、退避させますよと。そのときにドライウェル圧力がまだ残っているのに格納容器が爆発するわけないとか言っているんですけれども、格納容器の圧力計なんか信用できるか、安全側に考えるんだと。安全側というか、非安全側というか、要するに、シビアな側に現場としては考えて退避するんだということで、パスを用意させて退避させたりしたわけです。
質問者 本店側としては、まだ格納容器の圧、ドライウェルの庄が残っているんだからという意見を おっしゃる方もおられたということですか。
回答者 はい。私も瞬間そう思いました。私自身も、 ドライウエルの圧力が残っているから、サプチェンゼロでも爆発したということはないだろうなとは思ったんですけれども、音がしたというからね。 そのときはまだ 4号機の話は入ってきていませんから、音がしたということと、ゼロ、この2点は大きいと思ったんです。だから、これをより安全側に判断すれば、それなりのブレークして、放射能が出てくる可能性が高いので、一回退避させようと言って、2Fまで退避させようとパスを手配したんです。
質問者 ちょっと確認させてください。ぼーんの音を報告した人の正確な位置は、どの辺でぼーんを聞いたのか。

2011/7/29 「事故時の状況とその対応について」 57ページより

いかがでしょうか。7/29のヒアリングでは、朝日が引用している「一回退避しろという命令を出した」という56ページの記載のあと、57ページでははっきりと「2F(福島第二原発)まで退避させようとバスを手配した」と言っているのですが、そこはなぜか引用していないのですね。

また、朝日がこれが命令違反の根拠だ、とばかりに引用していた、2011/8/9 「事故時の状況とその対応について 4」 56~57ページの前には55ページの下の方ですが、

質問者 そうですか。では、例えば、意思決定などをするに当たってとか、現場でいろいろ実施をしようとするときに、そこで混乱するなどということはないわけですね。
それで、3 月15 日の6 時ぐらいに異変が生じて、最初は2 号機の圧力が一気に低下していって、それから、衝撃音がじたということが合わさって、最初の報告のときは2号から報告が来て、2 号であったんだろうという、この音と結びついてですね。その後、今度また4 号の方という話も来るわけですね。しばらく人員が少なくなる。
回答者 パスで退避させました。2F の方に。

2011/8/9 「事故時の状況とその対応について 4」 55ページより

とこれまた2Fにバスで退避させた、とハッキリと述べているわけです。

ですから、7/29と8/9のヒアリング記録を素直に読めば、故吉田所長の指示は2Fに行け、ということであったのだと読み取れるはずです。また、朝日の記事の一番のよりどころであるヒアリング記録でも、当初の意志としては1F近辺のどこかに、と思ったけれども、2Fに行ったという事を聞いて、よく考えたらそちらの方が全面マスクを外せるのでそれは正しい選択であったと述べています。決して故吉田所長は命令違反であるというようにとらえてはいません。

ところが、朝日の「フクシマ・フィフティーの真相」では、命令違反であるという文脈に沿って撤退命令があったということにしてしまいました。

「午前6時30分、吉田はテレビ会議システムのマイクに向かって告げた。「いったん退避してからパラメーターを確認する」。各種計器の数値を見たいというのだ。
 続いて32分、社長の清水正孝が「最低限の人間を除き退避すること」と命じた。清水は、つい1時間ほど前に東電本店に乗り込んできた首相の菅直人に、「撤退したら東電はつぶれる」とやり込められたばかりだ。
 33分、吉田は清水の命令を受け、緊急時対策室にいる各班長に対し、この場に残す人間を指名するよう求めた。
 34分、緊急時対策室内の放射線量について「変化がない」とのアナウンスがあった。
 格納容器上部、ドライウェルの圧力が残っているということは、格納容器が壊れたことと明らかに矛盾する。それよりなにより、緊急時対策室の放射線量がまったく上がっていないことをどう評価するか……。
 吉田は午前6時42分に命令を下した。
 「構内の線量の低いエリアで退避すること。その後、本部で異常でないことを確認できたら戻ってきてもらう」

 格納容器破壊は起きていないだろうが、念のため現場の放射線量を測ってみる。安全が確認されるまで、最低限残す所員以外は福島第一原発の構内の放射線量が低いエリアで待つ。安全が確認され次第戻って作業を再開するように。これが吉田の決断であり、命令だった。 」

フクシマ・フィフティーの真相」より引用。

この部分もいかにもヒアリング記録にあったかのように見えますが、質疑応答の形式を取っていないことからもわかるようにこれは朝日新聞が独自に調べた情報を元に想像で再構成したものです。実際、東京電力が公開したTV会議の動画も、2011年3/15の映像はあるにはあるのですが、なぜかこの日の動画で音声の入った動画は公開されていないのです。これは恐らく3/15の朝に菅首相が東電本店にやってきて撤退は許さない、という趣旨の演説をぶったため、それを公開したくないからなのでしょうが、上記の6時42分の命令というのは記録が残っていないはずです。ですから時間は正しいかもしれませんが、この命令の内容というのは朝日新聞が作り上げたものだったのでしょう。

少なくとも、朝日のような仮説を立てることは出来ると思いますが、関係者に取材してみればそれが事実だったかどうかはわかるはずです。結局、朝日新聞は充分な取材をせずに記事にしてしまったということなのだと思います。


3. 朝日新聞のスクープの功罪

朝日新聞のこの記事は結局取り消されることになりました。そのタイミングや社長会見の仕方についてもいろいろと見方があるようですが、ここではそれについては取り上げません。従軍慰安婦問題もあるからでしょうが、単なる朝日新聞バッシングになっているのはちょっと違うのではないかと思います。私はこれを機会にもっと当時の事故対応の問題点を議論して欲しいし、何よりも情報公開のあり方ということをもっと議論して欲しいと思います。

この事故調の目的と、ヒアリングの趣旨からして、ヒアリング記録が非公開であるのはある程度仕方ない気もしますが、これだけの大事故の事故原因調査の記録について、永久に非公開というのはおかしなことで、少なくとも何年か経ったら公開する、という原則があるべきと思います。

結果論ですが、今回の朝日の「スクープ」で大騒ぎになったことで、ヒアリング記録の公開が行われた事は意味があると思います。やはり、単なるまとめられた報告書ではなく、生のやり取りを読む事によってその人の人柄もわかりますし、現場がいかに大変であったかということもよくわかってきます。特に故吉田所長の場合は、言葉遣いにも特徴があり、公開された動画を聞いていても非常に親しみがわきます。2011年4月2日から6日のTV会議動画の書きおこしを読ませてもらった私としては、こういう生のやり取りを公開することの重要性を強く感じます。

今回のように、公開しなくても一部のマスコミに流出してそれが報道されることはあるわけですが、そのようなケースではその報道内容が正しいのかどうかが検証できません。今回も、吉田調書が公開されるとわかって初めて、朝日新聞としてもシラを切り通せないと判断して謝罪会見に及んだわけで、当初から情報が公開されていればこのような事にはならなかったはずです。

今回公開されたヒアリング記録にも一部黒塗りがありました。個人情報や秘密情報への配慮はするべきと思いますが、公開してくれたことは評価するべきと思います。どんな情報であっても基本的には(その時点では無理であっても何年か後には)公開するということはアメリカではなされているようですが、日本ではそもそも官庁の文書保管がいい加減で都合の悪い文書は勝手に廃棄されたりしています。公文書管理と情報公開制度の充実を多くの人が要求するべきと思います。ただ、世の中の流れはそれとは逆行していて、特定秘密保護法の施行により、こういう非公開にされている情報が表に出てくる可能性はますます低くなっていくのではないでしょうか。それがちょっと残念です。

東京新聞に書いてありましたが、次はぜひとも国会事故調の資料も公開して欲しいと思います。国会事故調は解散後の資料の扱いを決めていなかったため、非公開での聞き取り記録など段ボール約六十箱分の資料は国会図書館に保管されたままだそうです。行政府ではない国会は情報公開法の対象ではなく、国会議員すら閲覧できない状態が続いているということです。

今回は朝日の記事に関連する部分だけを取り上げましたが、「吉田調書」については、もう少し読んでみて何かあればまた紹介しようと思います。

 
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